NPO・NGO

それぞれの役割を担うなかで成果を上げられる人が、結果的に有名になっている

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イチローも社長も最初から特別な人ではない。それぞれの役割を担うなかで成果を上げられる人が、結果的に有名になっている。発達障害児の早期療育施設「こころとことばの教室 こっこ」4校を運営するNPO法人「発達わんぱく会」の小田さんは、10代より社長を志し、業界にとらわれず種々の経験を積んだ末、36歳で満を持して起業しました。それまでの足跡と転職にともなう意識の変化について、お話をうかがいました。

中学の頃から「いつかは社長に」

私は中学の頃から、いつかは社長にという夢をもっていました。大学時代は2期上の先輩が立ち上げた「東大家庭教師友の会」という会社の2代目社長をやっていたことがあります。でもその会社を大きくすることができずに力不足を感じ、卒業後、3年間勉強させてもらうつもりで丸紅に入社して経理や営業を担当しました。

3年後、まだ自分で会社を作る自信がなかったので、将来自分が参入しうる業界への転職を考えます。ちょうど当時は介護保険が始まるタイミングだったので、その業界をターゲットに、介護を若いうちからいろいろと経験させてもらえる会社を探して、出会ったのが福祉介護会社のコムスンでした。

コムスンで障がい者支援の新規事業を開発

コムスンは当時、高齢者だけでなく障がい者のホームヘルプサービスも行っていて、私は関東の支社長など地域の責任者を任されるなかで、障がい者支援の業績が良かったため、やがて障がい事業部の責任者に異動になりました。
障がい者向けのホームヘルプサービスの売上げを引き続き全国規模で伸ばすことに取り組みながら、それ以外のニーズもたくさんあるので、コムスンとして提供できる新たなサービスを開発していくという立場です。
そういった新規事業の一つとして発達障害の成人の就労支援を始めたのですが、そのときの経験が後につながる大きな転機となります。

発達障害の人はできることとできないことの差が大きいのが特徴です。
世の中の天才の多くは発達障害といわれ、じっさいに私が関わったなかにも天才的な方はいましたが、社会に適応できなくて苦労している現状を目の当たりにしました。そこで発達障害について勉強してみて、幼児期の早期療育の必要性を知ったわけです。
そこで、今度はコムスンで幼児に療育を提供する施設を開設したのですが、結果からいうとこれは失敗でした。制度上は預かりも療育もできる児童デイサービスの施設だったのですが、始めてみたら「長時間預かって下さい」というお母さんばかりだったのです。スタッフとしては当然、安全にお預かりすることが最優先なので、療育に時間が割けません。療育というのは事前の準備や事後の評価など、やることがたくさんあって大変に手間暇のかかるもので、預かりと療育との両立は無理だということがわかりました。

そうこうするうちに、介護報酬不正請求事件などで世間をお騒がせした後、コムスンはつぶれます。コムスンにいたのは9年、その後半に障がい者支援に関わったり児童デイサービス施設を運営したりしましたが、福祉の世界はもうやめようと思って、転職先を探します。

転職の条件は社長のすぐ下で働けること

転職の条件は、「社長のすぐ下で働けること」でした。コムスンに入ったときも、正社員はまだ50人くらいで、社長に近いところにはいましたが、すぐ下というわけではなかったので、次こそ社長が日頃どういう動きをしているのか直接見られるところで働きたいと思ったのです。尊敬できる社長の下で経営を学べるのであれば業界はなんでもよく、結局、スターティアというオフィス環境を用意する上場企業に転職してそこで2年間、社長室長をやりました。

スターティアの創業社長の本郷秀之さんという方は本当に素晴らしい方ですが、社長の動きを2年見てきて、偉大だけれど別の次元にいるわけではなくて、自分の階段の先にも「社長」があると感じられられるようになりました。丸紅でもコムスンでも社長の日常を知らなかったけれど、スターティアで初めて、自分も頑張ればここまでいけるかもしれない、と自信がついてきたのでしょう。

実は丸紅からコムスンに移ったときに、意識が変わったと思うことがありました。まず、企業が出す利益は、従業員が自分の給料以上の価値を生み出す積み重ねの上にあるという当たり前のことに気づいたのです。介護という労働集約型のビジネスに関わって実感したわけで、総合商社で経理をやっていては気づかなかったかもしれません。
そしてもう一つ、イチローとか総理大臣とか、どんなにすごい人でも、人種が違うわけでも別のステージにいるわけでもない、みな人としてそれぞれの役割を担うなかで、着実に成果を上げられる人が結果的に有名になっているだけだ、と感じたことも大きな意識の変化でした。
丸紅という大手総合商社にいては見えなかった歯車の一つ一つがコムスンでは見えてきて、すごいスピードで新規事業を立ち上げる仲間たちも、当時の有名人だった社長(折口雅博氏)も、みな同じ人間だと感じたわけです。

スターティアでも同様に、社長も特別な人ではなくて同じ人間なのだという思いを強くしました。
また創業社長ということもあるのでしょうが、本郷社長は基本的に全部自分でやる方で、私が入社する前の話ですが管理部長にほぼ全てを任せながら通帳と銀行印は自分で持っていたと聞きました。そんなエピソード一つからも、社長という仕事の責任の取り方を学ぶことができました。

スターティアを2年でやめて、今の発達わんぱく会を立ち上げようと思った直接のきっかけは、社長室長から別のところに異動になりそうだったからです。でもその2年間のうちに、「社長も同じ人間、だったら自分にもできそうだ」と意識が変化したことが起業の決意を支えています。そしてもう一つ、いったんは離れた世界ですが、やはり自分にとっては福祉サービスこそやっていて楽しい、価値のあることだという気づきがあって、だからこそ次のステップに踏み出せたのです。

36歳でNPO法人「発達わんぱく会」設立、こんなにお金が要るとは!

児童発達心理の勉強や施設での実習、資金調達などさまざまな準備を経て2010年に設立した「発達わんぱく会」の理念は、「発達障害のある子どもが、コミュニケーションの力を身につけ、長所を伸ばし、地域のなかで自分らしく生きていけるよう、家族、地域、行政のみんなで支援する」ということです。
僕たち全員が主体的に、地域や行政と連携をとって事業を進めるのに、会社ではやりにくい、ということをコムスンの時に経験しているので、NPOにしました。
しかし、高い理念を掲げていても、先立つものがなければ事業は進みません。お金に関してはかなり覚悟をして事前に準備もしていましたが、正直、想像を超える厳しさでした。余裕をもたせたつもりで2000万円資金調達して始めたら、すぐにすっからかんになってしまい、ものすごく驚きました。
療育の第1号教室「こころとことばの教室 こっこ東野校」(浦安市)を2011年3月に開校してもしばらくは、キャッシュに関しては本当にシビアでしたが、助成金や融資など資金調達に奔走して、なんとか私たちのめざす質の高い療育をあきらめずにやってきました。
お金の面では2校目を作った後の2012年4月、預金残高100万円切ったところを底として、その後キャッシュは順調に増えています。

お金の次は、組織の問題が!

次の2013年に3つ目と4つ目の教室を作って従業員も倍くらいになりましたが、それまで個人商店のようなカタチでやってきたことが、4校に増えたためうまく回らなくなり、ほころびが出始めます。

そこで内部のルールを文章でマニュアル化して組織を作り直すことを重視し、3年かけてルールと人材の両方を育ててきました。2016年春には自分以外の複数の担当者に部長を担ってもらうなど組織を再編します。

これからめざすのは、療育者・親・行政・支援者とのネットワーク作りと、開設コンサルティングを通じた事業モデルの拡散

法人設立から6年目、お金の問題も組織の問題も乗り越え、中期計画を作りました。法人がめざすものは、発達障害の幼児が早期療育を受けることができ、その子が自分らしい人生を送って幸せを感じられるような地域社会を作っていくことです。
今、千葉県浦安市と東京都江戸川区で直営教室を運営していますが、日本全国で法人の理念を実現するために、浦安氏と江戸川区のまちづくりにも関わって、それを成功事例として他の市区町村にコンサルティングしていこうと考えています。
具体的には、療育の現場でわかったことやお子さんの特性を、小中学校や行政、支援者に伝えることで、まちの皆に配慮してもらいながら成長していける、そういう社会のネットワークの要に、私たちはなっていきたいと思っています。

また、私たちが専門家として専門性を深めるなかで蓄積してきたことを、同じような事業所の開設をめざすところに開設コンサルティングというカタチでお伝えしています。
今、8社に対してコンサルティングをしていて、こちらも順調に進んでいます。私たちの事業モデルを全国のNPOなどに移植して、日本の発達障害児者の幸せに寄与したいというのが、私たちの大きな願いです。

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小田 知宏 (42)
経歴:

24歳 丸紅に入社。経理や営業を担当

27歳 介護保険が始まるタイミングで株式会社コムスンに転職

35歳 スターティア株式会社に転職

37歳 NPO法人 発達わんぱく会 を立上げ現在に至る


充実度

充実度: 81点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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