ベンチャー・中小企業に転職

やりたい事をやる。自分の成長が会社の成長につながるからやりがいを得られる

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IT関連のB2BからB2Cへ、さらに家庭優先の生活を一度は試みるも、自分の好きな領域を究めることをめざして、ネット×リアルで新しい価値を追求する現在の会社に転職。今が充実しているという上田さんに、転職を通じて自分が本当にやりたい領域に近づいてくるまでの軌跡を伺いました。

ベンチャースタイルの事業部で鍛えられた若手時代

今、株式会社ホワイトプラスのリネット宅配ネットクリーニングの事業副部長として、主にマーケティング系の施策とシステム開発部分の統括を担っています。

転職は弊社で4社目です。
新卒で入社したのは、東証一部上場の株式会社図研。CADのベンダーとして日本最大、製造周りのサプライ・チェーン・マネージメントとか周辺機器のSIもしていた会社で、私はそこでカスタマーエンジニアをやっていました。
カスタマーエンジニアというとふつうIT系のなかではインフラのメンテナンスをするエンジニアを指すのですが、図研では、ソニーさんや松下さんなどクライアントの会社に入って、別の担当者がお客さまのご要望を聞いて上流側で組み立てた案件を、実際にパッケージソフトウェアなどを使って実現するのがカスタマーエンジニアの仕事でした。
私も20社くらいのクライアントの会社で、そういう仕事に5年ほど携わっていました。

会社に入って、技術的なことを色々覚えなければいけないのは当然ですが、それよりも自分が成長しなくてはと思ったのは別の場面でした。
たとえば新人はよく議事録を任されたりしますが、業務の場で何が決まって、何が合意されて、ということを論理的に整理して文書として残し、次のアクションにつなげなければいけない。そしてそのアクションはいつまでで、そのためにどういうふうに仕事を組み立てなければならないか、ということを考える必要があります。
基本的にロジカルシンキングは得意だと思っていたのですが、それを仕事に結びつけるところはちょっと頑張って身につけなくてはいけないな、と意識したように記憶しています。

図研ではSIerとかコンサル的な動きをする人が多く、研修制度よりOJTによる教育が充実していたと思います。
私が所属していたのはCADそのものを扱う部門ではなくて、たとえば設計者がより早く情報を伝達できるようにとか一元管理できるようにといった、CADの周辺領域、PDM(プロダクト・データ・マネジメント)とよばれる領域でした。そこは会社のなかで3年目くらいのベンチャー・スタイルの事業部で、CADの方は顧客もたくさんいて安定的に人を育てる雰囲気だったのに対し、自分の部門は会社のなかで意義が認められるかどうかが問われるチャレンジングな場でした。なので、そういう領域が向いていそうな精鋭が揃っており、中堅、エース、若手と段階ごとに分けて指導されている、そのなかで鍛えてもらったという感じです。

社会人に成り立ての頃は何をやっても成長するけれど、社会人3年目までの成長スピードは環境によって全然違う、ということはよく言われていました。自分の場合、良い先輩に恵まれたと思います。たとえば一人でお客さんのところに行っても成果を求めてもらえるようになってくる、というふうに、自分の直接のアウトプットに対するフィードバックの変化が実感できると、それがやりがいにつながってきました。
それでも転職に踏み切ったのには、2つ理由がありました。

自分はやっぱりB2Cが好き!で楽天へ

図研は基本的にB2Bのビジネスですが、私の実家は京都にある子供服屋で、祖父も父も商売人だったせいでしょう、自分も本質的に消費者にモノを届ける商売が好きなのです。
たとえばSIとかコンサルが好きな人はビジネスをしている人を助ける、そこに価値が生まれるのが好きで、フィールドがいっぱいあるなかで自分の能力がどの領域で通用するのか考えるのが楽しみなんだろうと思います。けれども自分はそこにどうしても興味がもてなくて、それよりも消費者に直接、何かを届ける仕事をやりたいのだと気づくわけです。
当時、楽天とかAmazonとかが浸透してきていて、web2.0というキーワードが知られ、これからはインターネットでいろいろなことができるという、今なら当たり前のことが大きな期待を込めて語られた時代でした。
B2Cで自分のやったことが直接、消費者の目に届くようにしたい、自分の仕事が家族や友達の目にも見えるようにしたい、そのためにはwebをB2Cのビジネスにつなげる領域が最も可能性が高そうなので、webの世界に移りたいと思ったのが転職を考えた直接の理由です。
もう一つ、5年目くらいになって自分はもう先輩に比べて能力的な差はないという自覚がありました。その頃、新しいプロダクトを売るという新規の領域を私が担当することになりましたが、そこでまたエースを目指すのが本当に楽しいのだろうか、という疑問が湧き上がります。
もっと自分が成長できるように難しいことをやってみたい、自分がエースになって下を成長させるより、「オレ自身を成長させたい!」と思ったのが、転職の2つ目の理由です。

2社目は楽天でした。楽天の開発部署ではプロデューサーとエンジニアが対になって仕事をするのですが、そこで私はプロデューサーとして、どんなものを作ってどう貢献しようかと考え、企画したりオーガナイズしたりという仕事に携わりました。初めはプロデューサーってものを作るわけではないし、何をするんだろう? という戸惑いもありましたが、結局、楽天には7年と少し、お世話になりました。
入った当時、成長期を乗り切った古株の人たちが残っていて、例えば何かを決定するときに「あの時はこうだったよね」という流れになると、ついていけないなという疎外感というか壁を感じたことはありました。ところが、上司に相談すると「聞けばいいんじゃない」と(笑)。別にのけ者にしようと思っているわけではなくて、まっしぐらに進んでいるから周りに配慮する余裕がないだけなので、聞けば教えてくれるよというシンプルな答えでした。
また、楽天というのは当時、とにかくものごとが進むスピードが速い会社で、その理由は現場の人と開発本部長が直で話をして決めることができる、つまり上下の縦の距離が短いということでした。組織としてすでに300人くらいいたので小さくはなかったけれど、縦の距離を感じさせない運営がなされていました。

子供も2人できて、「この働き方ではない働き方」を経験するなら今!

そういう会社ではじめの2年はベンチャー的な楽しみがあり、その後も楽天の人間としてアウトプットを出していましたが、やがてグローバル化が進んで外国人が増えたり、大きくなるにつれベンチャーマインドをもつ人が少なくなったりして、企業文化というか雰囲気の変化を感じるようになります。
また自分が中間管理的なマネージメントをする立場になって、それが自分にとって価値のある仕事だろうかという疑問も芽生えてきます。
自分はベンチャーの楽天が好きだったし、ベンチャーではなくなっても楽天という会社のやっていること、進んでいる道も好きだけれども、面白い仕事をするにはもっと上まで行かないといけない。ところが組織が大きくなった分、それも簡単ではないだろう。自分が面白いと思える仕事をするためには、これから伸びるところに変わった方が良いのではないか。そういう思いが交錯します。
結局、楽天はサイズが大きくなりすぎて、そのサイズに自分はついていけなくなったというのが、2回目の転職を考えた理由です。
それから、その頃ちょうど結婚して子どもが2人生まれたのですが、通勤時間も勤務時間も長くて家族との時間がとれない、子どもとの関係もこのままで良いのだろうか、という迷いも少しありました。
図研の時代からずっと24時間働くのも当然みたいな働き方をしてきましたが、この働き方ではない働き方で人生を過ごすというのは、どういうことなのだろうと。そこそこ稼ぎながら毎日7時に帰宅して、子どもたちとご飯食べて風呂に入ってというのがどんな生活なのか?一度やっておいた方が良いだろう、そしてやるなら子どもが小さい今しかない、ということで楽天を辞めることにしました。

ちょうど地元の小さな会計士事務所でシステムエンジニアを募集していたのでそこに入って1、2ヵ月くらい早く帰宅して子どもたちと時間をとって、という生活をしてみたのですが、これが家族には申し訳ないけれど実につまらない(笑)仕事も面白くない、従業員満足度も低い、こんなでは生きていけない!というわけでそこは2ヵ月くらいで辞め、ベンチャーから楽天レベルのところまでいろいろみて回り、面接を受けつつ社会見学をして、そのなかで今のホワイトプラスに決めました。3度目の転職です。

ネット×リアルのビジョンに共感。仕事はやっぱり自分に合ったフィールドで

決め手としては、まずは経営陣に魅力を感じたことが一つ。
そして事業の領域がITでwebとかゲームなどでなく、もっと生活に根ざして、新しい日常を創ることをベースにしている理念に惹かれました。じっさい弊社では今、クリーニング事業リネットを展開していますが、ITの力がwebだけではなくてリアルな部分にからみ、IoTも組み込んでいきたいというビジョンに共感できたのが、この会社に決めた理由です。
もう一つ、人材理念を大事にする点も決め手の一つでした。ホワイトプラスには人材理念の5ヵ条というのがあって、そこに挙げられているのがキレイごとではない。人材理念は本気で自分たちがしっかり考え、狙っているということを社長から面談で聞かされ、ホワイトプラスはフィールドとしても、会社がめざすところも、人材理念もマッチすると思い、入社を決めました。

今の会社ではすごくチャンスをもらえるので、何か一つ乗り越えるごとに会社の成長に貢献できている、自分の動きが会社のコアなところに影響を与えている、自分の成長が会社の成長に直接リンクしている、そんなふうに思えることが、楽天では得られなかったやりがいにつながっています。
業務としては、入社当時エンジニアがあまりいない組織だったので最初はエンジニアリングのマネージメントをやり、次いでマーケティングを強化したいということでマーケティングのマネージャーを引き受けました。マーケティングは未経験でしたが、それまで会社ができていなかったことを一応できるようにして、結果として事業を成長させられたので、もらったチャンスを生かせたと思います。
去年の後半くらいからは経営会議にボードメンバーとして出席し、自分の考えを伝えています。自分の言動が会社に影響を与えるという意味でのやりがいはもちろん、むしろ自分が動かないと会社に良い影響を与えられないというプレッシャーもひしひしと感じながら仕事をしています。

転職を重ねてきた自分にもし、部下が転職の相談をしに来たとすれば、たぶん「辞めれば」と言うと思います。それは、別の道に行きたいけれど大丈夫だろうか、と迷っている人に対して、「立ち止まっていることに価値はない。戻ってくることもできるのだから、若い時なら戸惑うことなく行ってみればいいじゃないか」というメッセージです。
もっとも「辞めたい」という人のなかには、たんに構ってほしくて言ってくる人もいるので、そういう場合は「本当に辞めたいの?」と聞くでしょう。

自分に合っているフィールドを選ぶのは、自分で責任をとるべきところだと思います。判断材料のためなら説明はするけれど、最終的には決めるのは自分です。私自身は自分が何か好きなのか、いつも意識してきました。嫌いなことは頑張れない、これなら一生懸命できるというものを選んできたつもりです。面白いけれどできない、だったらできるようになって面白くなろうという方向です。
私にとってはITがスキル的にも興味的にも面白いと思えることで、ITを使って世の中で成功する事業を自分の力で作っていきたい。それをここで試させて貰っています。将来的に起業したいというのではなく、自分がいれば誰かのアイディアを世の中の役にたつ事業に昇華できる人材、そういうイメージをもって、日々練習中というところでしょうか。

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上田 憲人 (37)
経歴:

22歳 株式会社図研に入社しカスタマーエンジニアとしてキャリアスタート

27歳 楽天へ転職しプロデューサーとして経験を積む

33歳 会計事務所を経て株式会社ホワイトプラスに転職し現在に至る


充実度

充実度: 86点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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