コンサルタント・金融・不動産専門職のスキルアップ

やりたかったことと違う分野で経験を積んだ先に、本当にやりたいことが見えてきた

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内装建築を学び、施工会社で現場監督として働いた後に転職。同じ領域でのプロジェクト・マネージメントをめざしたはずが、総務の業務委託の常駐員に。迷いつつもポジティヴに経験を積んだ先で新しいサービスの芽を見つけ、新規事業としてその発信に取り組んでいる服部さんに、じっくりお話をうかがいました。

最初の施工管理の会社は、初詣の後に退職宣言

専門学校で内装建築を学びましたが、新卒の募集は大卒以上がほとんどで、専門学校卒向けの求人が少ない状況のなかで、学校の紹介で見つけたのが従業員10名くらいの小さな施工管理の会社でした。平たく言えば、ここしかなかったという会社に入社したわけです。
その会社が主に扱っていたのは、たとえばオフィス受付で会社の色を一番出すような、内装にちょっとお金をかける会社のための設計や施工です。私はそこで、いわゆる現場監督として2年間、働きました。

入社してはじめにとまどったのは、現場の作業員とのコミュニケーションや、社内でのコミュニケーションです。当然、学校とはまったく違いますが、OJTもなかったので、とにかく現場で学ぶしかありませんでした。
現場では新入社員なのに職人さんたちにお願いする立場なので、摩擦が起こりがちです。
新人でも基本的には現場を任されているわけですが、慣れないうちは職人さんに対して怖いというイメージもあって、コミュニケーションには苦労しました。
でも言いたいことをため込むよりも吐きだした方がラクになるので、勇気を出して吐きだすように伝えたりするうちに、入社して1年くらい経つと、こういうふうにすれば気持ち良く仕事をしてもらえるんだな、とだんだんわかってきます。
一方、社内でのコミュニケーションはどうかというと、これもかなり厳しい。とくに社長が怖かったですね。たとえば営業で同行すると、相手先で出されたコーヒーは絶対飲まなきゃいけないと叱られるわけです。私は当時、コーヒーが飲めなかったのでちょっと辛い思いもしましたが、社長は言い方がきつかったけれど、間違っていることを言われたわけではない、自分の経験値が足りなかったのですね。とにかく社会って理屈じゃないんだな、身体で覚えていくしかない、と覚悟を決めるしかありませんでした。

現場監督なので竣工したときにモノが見えるのは嬉しかったので、その会社でやりがいがなかったわけではありません。
ただ、とにかくハードワークで、内装系は土日の施行がメインということもあって休みもあまりとれませんでした。また社内の雰囲気も悪くて、自分の考えを共感、共有してもらう相手もいませんでした。仕事が難しくても仲間や上司と思いを共有できればそれがモチベーションにつながって頑張れたと思うのですが、まったくそういう雰囲気ではありませんでした。
いつ退社を言いだそうか考えて、社長が上機嫌になるシーンは年始だけだと思いつきます。初詣のあと解散、ここしかない!というタイミングで辞めたいと伝えたら、「年始にそれ言うのか?」と一気に不機嫌になり、「いったん預かる」と言われました。辞めるって言っているのに預かるってどういうことだ?と思いましたが(笑)、結局その後、3月のアタマに今月いっぱいで辞めていいよと言われました。
いつ辞められるかわからず転職の準備できなかったので、4月から転職活動を始めます。当時の給料は15万くらい、厚生年金もなくて自分で年金を払っていたので経済的にまったく余裕がなく、2ヵ月で決まらなかったら実家に帰ろうと思っていたところ、何とか今の会社が見つかったので転職したという次第です。

オフィス内装などのプロジェクト・マネージメントをめざして転職したものの

見つかるまでマイナビ、リクナビはもちろん小さいエージェントも含め、当時あった転職サービスはすべてといってよいくらい使ったと思います。私は大学も出ていないし、名も知られていない会社を2年間でやめているので転職のハードルはかなり高かったと思いますが、転職先には自分なりのこだわりがあって妥協したくはありませんでした。
それまで施工管理をやってきたので、その延長上のキャリアとしてオフィスという場を作るコンテンツの全体をみるプロジェクトマネージメント(PM)をやれる会社にいきたいと思っていたからです。 

今の会社もPM求人だったので応募したのですが、入社してみたら与えられたのが、お客さまである会社の総務に常駐してオフィスのファシリティを発注する業務委託の仕事でした。 

ともかく描いていたのとは違うスタートでした。しかも6年間くらい常駐で、キャリアは少しずつ上がっていたけれど、最初の3年くらいは何でこんなことをしなければいけないのだろうと。毎年PMをやりたいと異動希望を申請するのですが却下されていました。
そういうこともあって転職活動も考えましたが、そのまま結局踏みとどまることになります。
踏みとどまった理由としては、前の会社と違って思いを共有できる仲間や上司がいたのが大きかったですね。何かあったらすぐに話を聞いてくれるし、アドバイスもしてくれる、そして私のキャリアを私より考えてくれている人もいました。
私が辞めたい理由は「今が嫌だから」という漠然とした抽象的なものでしたが、それに対して具体的に「こうしたらいいよ」というアドバイスをしてもらったり、また今やっていることがこの先キャリアにどうつながっていくかというビジョンを教わったりしていると、いかに自分が短期的に考えているか、ということに思い至るようになります。
そして自分もそういう上司のような人になりたい、ならなきゃ、と思うにつれ、会社への帰属意識が変わってきたように思います。

当時の常駐先は2000人くらいの大所帯で、より組織的に動くことが求められていた環境でしたから、そこに6年間常駐して総務的な仕事をこなすなかで、マネージメント要素が自分にインプットされたと思います。
また、お客さまでありながら一緒に動く仲間として働くことも良い経験でした。
そして総務には制度とか仕組みを決めていくという業務もあるのですが、自分が決めた仕組みを2000人が使っている効果が目にみえてわかることにも、やりがいを感じることができました。

自分は人と話すのが好きということもありますが、モチベーションを高くもって周りとコミュニケーションをとることで社風が和らぎ組織が活性化するということも総務は出来ると実感しています。

またもや総務に常駐!ところがそこで見つけたものとは

さて、PMには従事することなく6年間を経て、次は本社勤務かという話もあったところ、結局、次も常駐になりました。それまでとは毛色が違って、半年間の業務委託として年度末が忙しいのでサポートしてほしいと。もとから1名常駐している会社でしたが、そこで半年、自分がかかわって業務整理をすることで効率化ができ、業務整理というパッケージはすごく面白いし魅力的だと感じました。単に総務の業務委託というだけではなく、バックオフィスのミッションとしての業務整理は会社にとって商品になりうると気づき、自分のやりたいことが変わりました。

その後、業務整理のパッケージに特化した商品をと会社に訴え、商品として売る組織を作り、営業として売り始め、現在はマーケティングという観点で仕掛けています。
入社した時はオフィスのハード面でのPMをやりたかったのが、今は別の分野で新しい事業の立ち上げから運営、運用まで拡大しているわけですから、ジャンルは違うけれど、もともとやりたかったことに近づいているのかもしれません。
それも6年間の総務の実務経験があり、さらに半年、業務整理で常駐したからこそできていることなので、キャリアはつながっていると感じています。

業務整理のパッケージというのは、バックオフィスの方を対象に、現状、何が問題かを整理して見える化するサービス、それによって課題が抽出されるのでその解決法を組織に提言するサービス、そしてそれを業務委託で我々が運営するサービスから成るコンサル的な総合サービスです。

弊社は総務の業務委託から始まりましたが、やがて業務委託だけを目的とするのではなく、バックオフィスに関する総合的なワンストップサービスを提供する方向に舵を切りました。
現在はメイン事業としてインナーコミュニケーション事業、ワークプレイスデザイン事業、そしてオフィス運営支援事業の3つを打ち出しています。
インナーコミュニケーション事業というのは社内に向けたコミュニケーション活性化というテーマにそったサービス、ワークプレイスデザイン事業はオフィスの設計・デザイン・PMを担当する部門で本来私がやりたかったこと、そしてオフィス運営事業は総務アウトソーシングと、その先にあるバックオフィスのパッケージを合わせたサービスです。

マネージャーとしての心構えと新たな課題

今、バックオフィス業務へのコンサル的なオーダーが入るようになってきました。経営層にもそういう認識があるようなので、それは一番のやりがいにつながっています。もっともっと、うちのサービスを世に広めていきたい、発信していきたい、と思っています。
またマネージャーという立場として後輩に対しては、あまり上司ぶったふるまいはしないよう心がけています。ときには自分で考えて答えを出さなければいけないこともあるけれど、一人で考えても限界があることも少なくないので、そういうときにすぐに相談されるような上司でありたいと思います。
前職での経験から、怖い上司の顔色をうかがう新人の気持ちがすごくわかるので、自分自身はそういう思いをさせないように会話の仕方などには気を使っています。

新たな課題もあります。今まで目の前にお客さまがいたのが、今は1枚も2枚も間にかんでいるので、今まで以上にお客様を想像し自分で意思を強くもって進めないといけません。
3年とか中長期的にものごとを図ることが多い業務ですが、短期的な数字・成果も重要となり「それ今必要なこと?」みたいな反応にうまく答えられないこともあります。
とにかく今のポジションになってからは自分にできないことがすごく多いことを実感しているので、はやく必要なスキルを身につけなければと感じています。

もしも後輩から転職の相談を受けたとしたら、まずは今の会社でできない理由が自分の働き方に起因するのか、会社の制度に起因などを考えてもらいます。また転職することによってどう変わるのかも一緒に考え、もしも感情的になっているだけというようなケースの場合は引き留めるかもしれません。
自分が迷っていたときに私のキャリアについて真剣に考えてくれた上司のようなアドバイスができればと思います。
また、父にキャリアの相談をしたときに、すぐにどうということでないなら、今の仕事をきちんとする方が次に繋がると言われたので、迷ったときには原点に戻って目の前のことをきちんとやるように意識しているのですが、そういうことも後輩に伝えられればと思います。

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服部 健太 (32)
経歴:

21歳 施工管理会社に入社

23歳 PMを志て転職するも希望する業務にはつけず毎年異動希望を出し続ける日々

29歳 異動しコンサル業務を担当。徐々に自分のやりたい事に近づいている実感を得る

31歳 企画へ異動し現在に至る

 


充実度

充実度: 82点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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