NPO・NGO

エンジニアから起業。本業とボランティア活動の両立によって見えたやりたい事

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

IT時代の到来を敏感に察知し、文系からプログラミング、エンジニアという理系の世界に飛び込んだ安藤さん。学生時代に途上国でのホームステイを経験し、格差社会をまじまじと実感したことをきっかけに、非営利活動もスタートさせました。本業とボランティア活動の両立によって視野を広げ、今年の夏には自分自身でNPO法人を設立後、株式会社も設立。非営利団体としてのビジネスの難しさ、同時に事業の大きな可能性を日々実感し、起業に対し意欲的に活動する安藤さんにお話をお伺いしました。

文系からエンジニアへ、大企業での自己成長を目指す

新卒で富士通に入社し、2年間はプログラマーとして勤務しました。もともと大学は文系だったんですが、当時、楽天・スカイプ・Yahoo!などのインターネットが出始めた時期であったことと、カナダへ1年間留学していた際に、「世界が狭くなっている感じ」を実感したことが影響しました。

というのも、昔は日本からカナダに電話するのも一苦労だったのが、現在は無料でスカイプなどを使って連絡できますよね。そのような身近な事象を含め、インターネットの大きな力を実感しました。インターネットによって、海外と日本の距離がぐっと近づいたことに感動を覚え、ITの世界に飛び込んでみたいと思うようになりました。更にITバブルの時代の到来でしたから、その最先端で頑張ってみたい気持ちも湧き上がりました。

入社後は3ヶ月の研修を経て、4ヶ月目からはいきなり現場に出されました。実際にお客様のシステムをさわって、毎日かなり勉強しました。ついていくのに必死な状態でしたね。案件は主に金融機関向けの情報共有ツールを取り扱っていました。スケジュール管理などのツールの開発と提案を行いました。

金融機関などはルールが厳しいので、他の業界とは別に、特殊な扱いをしないといけません。特に金融機関の個人情報を扱うので、重責を背負いますし、少しでもトラブルが生じた場合、金融庁に届ける必要がある業務です。1つの不具合が多方面に影響を与えるデリケートな業界でしたので、そのあたりに苦労がありました。

活躍の場を広げ、社内に新たな風を吹かす

その後に、中国におけるオフショア開発のプロジェクトリーダーになりました。そこからは自分自身ではプログラミングには触れなくなりましたね。それまで日本において3、4人でつくっていたものを、中国においては50人のチームでつくることができるんです。コストの圧倒的な違いによって実現したことで、会社としても当時の大きな先進事例でした。

オフショアにおける苦労は、「行間を読んでくれない」という点ですかね。きちんと細かく指示を出さないと、こちらの意図に沿ったものがつくれないことがありました。あとは用語などに関する言語の壁ですね。ただ、中国の労働の価値観として、契約社会のイメージがあったんですが、実際はそうでもなくて。

何かトラブルが起きた際や納期が近づいた際は、社員のみなさんがチームとして一丸となり、夜遅くまで努力してくださいました。実際に現地に出向くこともありました。1度だけでも実際にコミュニケーションをとることは、その後の業務にとても大きなプラスの影響を与えるので、重要だと思います。2、3年このような海外の開発業務に携わりました。

その後、クラウドサービスの新規事業開発で、エンジニアサイドから、技術の開発や研究を担当しました。当時、Amazonのクラウドなどが出始めたときで、インターネット上でリソースを利用するというドラスティックな流れが流行り始めていました。ベンチャーと異なり、歴史の長い大きな会社は、なかなか新しい流れにすぐについていくのが難しいことがあります。

社内向けに、新技術を広げる支援に力をいれました。想像はしていましたが、現場からの反発はすごかったです。会社としては、モノ(サーバーやPC)とヒト(システムエンジニア)を売って成りたつので、いわゆるコンピュータリソースのクラウド利用というサービスは、現場の人々にとっては不利になりますから。時代の流れと相反する意見との折り合いをどうつけるか、という苦労がありました。そういった苦悩から、少し経営という視点で会社をみるようになりました。

エンジニアとして学んだスキルを、非営利団体で活かす

富士通に勤務しながらですが、2012年からNPO法人かものはしプロジェクトでの活動を開始しました。大学時代に国際系の交流団体に所属していた原体験がきっかけです。フィリピンに1ヶ月ホームステイをして、その中でも富裕層の家と貧困層の両方の家庭を1週間ずつ経験させていただいたんです。その際に1つの国にこんなに大きな格差が存在しているのだと衝撃を受けました。

自分がいかに恵まれているのかを実感し、そこから国際協力に関心を持ち始めました。また、プライベートな面で、2011年に結婚をしました。妻の方は地元がこちらだったので、週末など友人との時間を持つことが多かったんですね。僕は出身が愛媛で、大学も岡山だったので、週末に家に1人でいることが増えて。何かこの空いた時間を活用したいなと考えるようになったんです。どんなことをやろうか、という深いことは考えていなかったんですが、とにかくやってみようという気持ちでした。

最初はイベントの当日の運営の手伝い、そこから企画・事前準備、集客なども担当するようになりました。月1回ボランティアを行うイベントがあって、そこで活動しながら、メンバーと懇親を深めていきました。1年弱くらいそのような流れで活動しましたね。イベントの運営に慣れていった頃から、「そういえば安藤さんって、ITもできますよね。」という話が出てきて、ITシステムをかものはしに導入したいという声が増えてきたので、その類のサポートも開始しました。1年程システムサポートを実践して、うまくいったので、他の団体の方がその話を聞いて、うちでもやってくれという声がかかるようになってきたんです。

具体的には、寄付者の管理ツールや、受益者を管理するシステムをつくりました。今までエクセルで管理していたものを、データベース化することで便利になったと思います。自動管理に移行したことで、トラブルも減ったようです。大きな会社だと、こういった管理システムにはお金をかけて導入するのですが、小さな組織、NPOのような大きなコストを運営にかけられないような団体には、システム導入もなかなか難しいことがあります。自分の活動が感謝されてとてもうれしかった記憶があります。

本業とボランティアを並行することで、得られたもの

本業として会社に勤務しながらボランティアを行っていたことで、3つの相乗効果がありました。1つ目は、本業では接する人間がエンジニアオンリーであるのに対して、ボランティアの中では多種多様な方々にお会いする機会があったので、多様性や寛容さが身に付いたことです。それが本業に生きることで、人間関係がうまくいくことも多かったです。

2つ目は、普段の業務は、やってあたりまえなのであまり感謝されません。しかし、非営利活動の中で相手に「ありがとう」を言われることが多く、自分の中の承認欲求が満たされ、日々のモチベーションにつながったことです。

そして最後3つ目は、視野がとても広がったことですね。社外に出たときに、自分の持つスキルの価値が、相対的にどれくらいなのか、ということを客観的に見定めることができるんです。そのおかげで、狭い世界で凝り固まることなく、柔軟に努力していくことができました。

関わる組織が増えてくるにつれて、自分の本業との並行が難しくなっていきました。そこで今年の4月から準備して、8月に実際に自分でNPOを立ち上げたんです。NPO法人Make it Betterは、4人で共同代表制をとっています。全員本業が激務な人間ばかりなので、打ち合わせも深夜から始まることも多々ありますね。その他にもボランティアベースでITの支援をしたいエンジニアを集めました。中心メンバーは6、7人で、ゆるく15人ほどのグループで活動しています。

起業へ。ITのもつ可能性を、多様なかたちで世の中に広めていきたい

そして現在のカルミナという会社を起業しました。カルミナはNPOとソーシャルベンチャーにITの支援を提供する会社です。ボランティアだと使える時間もやれることにも、限界があるので。もっと大きな価値を提供できるような、もっと良いシステムをつくっていきたいです。これからは、コンサルティングをしながら、ITをどう活用していくかという啓発のような活動を目指したいです。現在の顧客はNPO団体が半分、ソーシャルベンチャーが半分くらいの割合です。後者は分かり易い例で言いますと、途上国の雇用支援などを行っている、社会企業と呼ばれる団体です。

非営利向けのIT専業会社って、まだまだ日本ではポピュラーではありません。アメリカやイギリスなどの海外だと、1500人程の従業員で売り上げ500億円くらいの、わりと大きな規模のビジネス・事業として活性化しているんですけどね。これから日本でも、このような活動をきちんとビジネスとして捉えて、活性化させていけたらなと思っています。

リターンはあまりないけど、社会的に良くなるコト、に対して投資する人々が日本でも増えてきています。単純な寄付という概念ではなく、「投資」という概念でお金がまわっていくようなサイクルが出来上がっていけばな、と。現在はまだ、マーケットが少ないところが難点です。でもここを逆にポジティブに捉えると、マーケットはないけど、競合もいないんです。きちんと会社としてしっかり経営すれば、それなりの道が広がっていくのではないかと考えています。

ando
安藤 昭太 (33)
経歴:

22歳 新卒で富士通に入社 システムエンジニアを担当

23歳 同社にてプロジェクトマネージャーになる

26歳 同社にて新規事業を担当

29歳 NPO法人かものはしの活動を開始

33歳 株式会社カルミナを設立


充実度

充実度: 84点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

メッセージを送る

このインタビュー記事についてご意見、ご感想などありましたら、
ぜひメッセージをお送りください。

メッセージを送る