NPO・NGO

全ての人がいきいきと働ける環境を。NPO法人クロスフィールズの留職で実現したい世界観

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幼少期は自分を好きになれなかったという照沼さん。現在、クロスフィールズにて「すべての人が、『働くこと』を通じて、想い・情熱を実現することのできる世界」というビジョン」に取り組んでおられます。ベリーダンサーとしても活躍中の照沼さんにお話しを伺いました。

自分が大嫌いだった私

子どものころはずっと自分のことが嫌いでした。家族の中で、私ひとりだけ見た目が違うのです。母も妹もスリムな色白美人なのに、私だけぽっちゃり体型で色黒。学校でも見た目をからかわれ続け、自分のルックスが嫌でたまりませんでした。

そんな子ども時代でも、ひとつだけいい思い出があります。それは、4才から習っていた日本舞踊で褒められたことです。初めて誰かに認めてもらえたという原体験は、今でも私の心に強く残っています。

中学から高校にかけては、とにかく本をたくさん読みました。特に影響を受けたのはリンカーン、アンネ・フランク、ポカホンタスの伝記です。過酷な運命にあがない、戦い続けた偉人たちの生き様に触れ、自分も将来は誰かの心に寄り添う仕事をしたいと思いました。

コンプレックスが吹き飛ぶような環境の変化

慶應義塾大学SFCに進んでから、一気に世界が変わりました。出会う学生たちは皆、一度会ったら忘れない強烈な個性を持つ人ばかり。諸外国からの学生も多く、私の肌の色を気に留める人など誰もいません。いったい私は何に悩んでいたのだろうとさえ思いました。

入学後すぐ、イヤーブック委員会という学生団体に入会。イヤーブックとは年1回発行される卒業アルバムのようなものです。人に何かを伝えていく活動がしたくてここを選びました。いざ入ってみると、クリエイティブ志向の強い人たちばかりで驚きました。当時のメンバーの多くは、現在プロのカメラマンやTV局のディレクター、デザイナーなどのクリエイターとして活躍しています。

活動を続けていく中、私はごく自然にメンバーのまとめ役になっていました。他のメンバーほどクリエイティブ志向の強くない私としては、人と人とをつなぐ潤滑剤のような立ち位置がとってもしっくりきたのだと思います。

フェアトレードの研究で学んだこと

4年生になり、フェアトレードの研究に取り組みました。テーマは「メキシコ&フェアトレード」です。私は語学でスペイン語を選択していており、メキシコへの短期留学などを機に南米の発展途上国の現状を知り、フェアトレードに興味を持ったのがきっかけです。日本にももっとフェアトレードを知らしめることで、少しでも発展途上国の人々のお役に立てればと思ったのです。

実際にメキシコを何度か訪れ、現地のコーヒー豆農家の方々との交流も深めました。フェアトレードの現場をリアルに見るのはとても刺激的でした。しかし、フェアトレードに深く関わっていくほど自分の理想とビジネスの現実とで、自分自身のスキルと経験のギャップが鮮明になっていきました。複数のステークホルダーとの調整にも苦労し、理想論だけでは語れないリアルビジネスを見せつけられました。それぞれの目的・利害がある中で自分の立ち位置をどう保っていけばいいのか大いに悩みました。

サークルでの活動は「いいものを創る」という共通の目的があり、みな基本的には学生で同じ立場です。しかし、フェアトレードにおいては異なる目的を持つステークホルダーとの調整が必要で、「想い」だけでは通用しないのだということを思い知りました。

新しいことへの挑戦

本格的な就職活動を前に、出版社でのアルバイトをはじめました。『新しいことを伝える』ことを仕事にしたい、マスコミ志望の私にとっては、実務を通じて業界を知る絶好のチャンスだと思いました。

ある日、編集長の方から「他の企業でインターンシップをしてみたらどう?」と言われました。「私は採用したい人物像にはマッチしていなのか」と少しショックを受けました。すると、
「誤解しないで。うち以外にもたくさんの会社を見てから就職先を決めるほうが君のためになると思っただけだから」と言っていただきました。アルバイトの私のことをここまで考えてくれていることが嬉しかったですね。この編集長の方には面接のシミュレーションなどもしていただいたりして、今でも感謝しています。

その後、総合商社の2週間のインターンシップに参加しました。商社についてはフェアトレードの研究を通じてある程度は理解していたつもりでしたが、実際に働いてみて自分の想像以上に事業領域が広く、国内外を問わず新しいビジネスを創造するチャンスがあることを知りました。フェアトレード研究の時に感じた「異なる文化に出会う喜び」を、ここでならまた味わえるかもしれないと思い、私は三井物産への入社を決意しました。

念願かなって総合商社へ入社。最初の配属先は経理でした。仕事を覚えていくうちに、経理という仕事はしっかりと自分の軸を固めていける仕事だなと思いました。じつはフェアトレードでの失敗は、私の心にコンプレックスとして残っていました。あの時、自分の立ち位置を見失ってしまったことが悔しかったのです。経理なら、自らのスキルを高めていくことで軸の定まった仕事ができると思いました。

入社4年目、南米へ赴任。ミッションは言語の修得と現地企業での実務研修。数年後に管理部門スタッフとしてのスペシャリストを現地に派遣するための下地づくりとのことでした。ペルーからチリへと渡り、約1年半の間、現地企業で実務に携わりました。帰国後すぐ、管理部門で営業のサポート的業務に就きました。リーダーとして、部下10名弱のマネジメントも行うようになり、以前より業務の幅は広くなっていきました。

帰国から2年後、管理から営業に異動。担当したのは中南米の投資案件です。約1年間この仕事をしました。素晴らしい仲間とやりがいのある仕事に満足していたのですが、このころ、当初描いていた発展途上国の人々の心にもっと寄り添った仕事がしたい、自分の可能性を信じいきいきと働いている人がもっと増えればいいのに、といった従来想っていた夢がどんどん膨らんでいき、転職を決意しました。

すべての人がいきいきと働ける環境をつくる

NPO法人クロスフィールズには、まさに私の理想とするものがありました。「すべての人が、『働くこと』を通じて、想い・情熱を実現することのできる世界」というビジョンに対し深く共感できたこと。ビジネスセクターを背景に持つ優秀な人々の中で、さらなる成長が可能だと思えたこと。自分のスキルや経験を活かせる広報とバックオフィスという理想の職種であったことなどが参加理由です。

クロスフィールズの事業の軸である留職プログラムは、日本企業で働く人材を新興国NPOなどに派遣、本業で培ったスキルを発揮し現地の人々と一体で社会課題の解決に挑んでもらうというものです。留職の持つ意味合いは、企業側にとっては、リーダー人材育成に向けた絶好の教育プログラムであり、新たな事業を生み出すチャンスでもあります。新興国側にとっても、企業の持つノウハウ・スキル・リソースを享受できるメリットがあります。

今、まさに広報担当として「世の中に新しい価値を紹介していく」だとか、「いきいきと働く人増やす」といったことに直接携わり、自分の想いを体現できているという実感があります。帰国された留職の方のご成長ぶりや、派遣先NGOからのお礼のメールなど、いつも涙を流すほどうれしいですし、新聞や雑誌の記事を読んで「共感しました!」という声をいただくと、とても自分の仕事にやりがいを感じます。少しずつですが、留職という言葉が社会的に認知されてきていると思います。

また、クロスフィールズでの業務と並行して、今年の4月よりベリーダンスインストラクターRada(ラダ)としての活動も開始しました。4才から日本舞踊を習っていたことはお話ししましたが、小学校に上がる前は踊りの先生になりたいと思っていたこともありました。またひとつ夢を叶えたとも言えるかもしれませんね。インストラクターとしても、やりたいことは共通していて、ダンスを通じて生徒さんの可能性を拡げてもらうことが目的です。

クロスフィールズでの留職の仕事も、ダンスのインストラクターとしての仕事も、全てはすべての人にいきいきと輝いてもらうということの実現のためです。そのミッションのために私ができることを、これからもずっと考えて行動していきたいと思っています。

かおりん
照沼かおり (32)
経歴:

22歳 大手総合商社にて経理に配属

26歳 中南米に赴任し、現地法人の管理業に従事

27歳 営業に異動し、中南米の投資案件を担当

29歳 NPO法人クロスフィールズにて、広報・採用等バックオフィス業務を幅広く担当


充実度

充実度: 75点

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インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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