NPO・NGO

バックオフィス全般を任されて、組織を支えている実感がある

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

大手企業のITコンサルタントからコンサルファームを経て療育施設を運営するNPO法人の業務課長へ転身した吉田さん。業界も職種も異なる転職の先に見えたものは、小さい組織の中で現場以外のすべてを任され、経営に近いところで法人の意思決定に関われる魅力だと語る吉田さんに、くわしいお話しをうかがいました。

IT企業でSEになるはずが、コンサルティング業務へ

2006年の大学卒業後、最初に入ったのはNECネクサソリューションズというNEC系のITベンダーです。前年まで就職氷河期と言われていた時代で、先輩たちが就活ですごく苦労していたのを見てきました。ですから自分もあまり夢を追わず、現実路線としてIT企業を受け、SEをめざしました。

入社してから配属の希望を出す前に、いろいろな部門のプレゼンを見るのですが、この時コンサルティング部門というのを初めて知り、面白そうだなと思ってそちらを希望したら配属が認められ、結局、SEではなくコンサルタントとしてその会社で働くことになりました。

「本当のコンサルタント」になるため、6年後に転職

NECネクサソリューションズのコンサル部門で2012年まで働いて、その後、ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズという会社に転職します。ここはもと外資で、今は日本ユニシスの傘下にあるコンサルティング・ファームです。

転職のきっかけは、ひとことで言えば、仕事がもの足りなかったということです。NECネクサソリューションズでの6年間は、それなりに充実していて、色々と好きなことをやらせていただいたのですが、IT企業のコンサル部門というのは結構、制約があります。つまり本業として売りたいシステムがあり、それを売るためのコンサルなので、販促のような色合いもあるわけです。

そういう部分でちょっとやりにくさを感じていたことと、このままでは中途半端なコンサルタントにしかなれないという危機感から、IT企業の一部門としてのコンサルを続けるのではなく、コンサルティング・ファームに行くのが「王道」だろうと、転職を決めたわけです。

ケンブリッジ・テクノロジー・パートナーズは資本上は日本ユニシスの傘下ですが、中立的な立場でコンサル業務を行えますし、IT以外の案件も扱っています。NECネクサソリューションズは温かくて居心地が良い会社でしたが、ケンブリッジは素晴らしいカルチャーをもった厳しくも働きがいのある会社で、転職して非常に良かったと思いました。まさかその会社を2年後に辞めることになるとは、思ってもいませんでした(笑)。

発達障害児の早期療育を行うNPO法人に転職、そのきっかけとは

話は少しさかのぼります。まだNECネクサソリューションズにいた2010年、今、私が働いている「NPO法人発達わんぱく会」ができました。私は実は、発達わんぱく会の小田知宏理事長が法人を立ち上げる前から、ボランティアとして支援していました。
そのきっかけは、当時、NPO法人ETIC.さんがソーシャルビジネスの起業支援のために展開していたプロジェクトに参加したことです。これはサラリーマンが何人かでチームを組んで起業家のためにマーケットやニーズを調査して提言していくというプロジェクトでした。

新卒で入った会社で3年目、当時は独身で時間はたっぷりあるのに仕事量は多くない。もっと仕事をしたいのに、大手なので残業をなくそうという風潮もありました。そこで私はスキルアップをはかるべく外部のセミナーなどに行ったりしていました。
その頃はちょうどソーシャルビジネスの波がきていた時代です。どうせ何かやるなら社会のためになることの方がやりがいがあると思い、ETIC.さんのプロジェクトに気軽に応募して、たまたまマッチングされたのが、発達障害児の早期療育のための施設運営をめざして発達わんぱく会を立ち上げようとしていた小田さんだったという流れです。2度目の転職のきっかけは、その小田理事長に引っ張られたということに尽きます(笑)。

小田理事長からオファーを受けたのは2013年です。それまでもたびたび「うちに来てよ」と言われていたのですが、法人立ち上げ直後なので給料はこれしか出せない、と言われ、それではムリムリ!と断り続けていました。
2013年に、療育の教室が4つに増え、これくらい出せるからと誘われて断る理由がなくなり、翌年に発達わんぱく会に転職しました。
とはいえもちろん収入は減りましたし、前の会社なら昇進するにしたがって収入も増えていくでしょうから、生涯賃金という意味で不利なのは明らかです。でも、今、妻と2人の子どもがいますが、将来的にずっと今と同じくらいの収入であっても何とかやっていけると自分なりに試算した上で決断したので、転職したことにまったく後悔はありません。

ちなみに、ケンブリッジのときは夜遅くまで仕事というのがふつうでしたが、今ははるかに早く終われるのも、家族がいる身としてはとても嬉しいです。

バックオフィス業務全般を任され、組織を支えている感覚がある

業界も職種もまったく異なるところへの転職でしたが、小田理事長とは法人立ち上げ前から付き合いがあったこともあり、学歴や経歴などよりスタッフとうまくやれそうとか、そういう部分を認めていただいたのだと思います。

「発達わんぱく会」の主な事業は、発達障害をもつ未就学児の早期療育のための教室運営ですが、同じような事業所の開設や運営改善をお手伝いするコンサルティング業務もやっています。
私は業務課長として経理を除いた事務方全般をみています(金庫番は理事長のの奥様なので)。具体的には人事、採用、IT、広報、総務、事業開発、経営企画、資金調達、そしてコンサル事業のコンサルタントなど。要は現場以外全部です。(笑)
職員は今、正社員23人とパートタイム職員22人です。業務課は自分を入れて6人いますが、半分はパートタイムですし、ほとんどが兼務なので、部下らしい部下というと実質的には1人しかいないという状況です。
ですから仕事はかなりたいへんですが、この業務の幅広さにこそ面白さを感じているのは確かです。バックオフィス業務全部を担っているので、組織を支えている感覚がありますし、自分にとって新しいことばかりなので新鮮さも味わっています。それから課長というポジションですが上は理事長しかいないので、法人の意思決定にかなり深く関われる、経営に近いところにいるというのも面白く、責任も深く感じています。

マネジメントのスキルは普遍的なので身につけたい

私は長期的なキャリアプランのようなものはあまり考えていないので、今はとにかく与えられた役目、つまり事務部門の責任者として現場をしっかり支えていきたいと思っています。それから法人として目指している社会を実現するために事業を拡大しいていく、そこに自分も貢献していければいいな、と考えているくらいで、個人としての長期的なビジョンはあまりありません。
ただ、家族がいる以上食いっぱぐれるわけにもいきません。そう考えた時に、マネジメントのスキルというのは普遍的というか、どんなに世の中が変わっても人が働いている以上は必要な市場価値のあるスキルなので、組織を率いて成果を上げる力を身につけたい、という思いはあります。
そして、それはここにいれば当然、身についてくるものだと思います。身につかなければマズイです(笑)。

鶏口牛後というか、やはり大きな企業の末端にいるよりは小さい組織の上にいる方が良いのではないかな、と私は感じています。コンサルティング・ファームも仕事としては面白かったのですが、皆プロフェッショナルの集まりなので、そこでコンサルタントをやっている限り広い意味でのマネジメント・スキルは学べなかったと思いますし、経営に近いところで仕事をする機会もなかったと思います。

この法人は、正社員とパート職員がいて、年齢層も幅広く、しかも各人が臨床発達心理士や保育士や言語聴覚士などさまざまな分野の専門家なので、マネジメントはかなりたいへんです。でも、そのぶん学べることが多いも確かです。

そして確実に世の中のためになる社会的な事業に参画しているので、今、本当に充実しています。

P1011318
吉田 一紀 (32)
経歴:

22歳 大手ITベンダーに入社しSEを目指すが、コンサルティング部門に興味を持ちコンサルタントとなる

28歳 コンサルティング・ファームに転職

30歳 NPO法人発達わんぱく会に転職し、広報・採用・人事・IT・経理・総務・資金調達・事業開発・経営企画などを担う

 


充実度

充実度: 77点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

メッセージを送る

このインタビュー記事についてご意見、ご感想などありましたら、
ぜひメッセージをお送りください。

メッセージを送る