ITエンジニアのスキルアップ

仕事で失敗したからこそ活きる道がある。悩み苦悩したからこそできることもある

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「まだすべて良かったとは思いませんが、過去に失敗した仕事が今活きていると思います」。太田さんはそう振り返る。いくつかの失敗を乗り越えながら成長してきた彼は、何度でも目標を追いかけようとしている。太田さんがこれまで仕事で何を経験し、これから何を目指すのかについてお聞きしました。

人とは違う人生を歩める仕事を見つけたかった

学生時代を振り返ってみると、高校生と大学時代は剣道にのめり込んでいるだけで、地に足をつけて将来に向けて歩んでいたかというとそうではなかったですね。将来のことや仕事の事は全く明確に考えていませんでした。でも人とは何か違う、特別な人生を送りたいと思っていました。本当に都合がいい考えですよね。

今にして思うと非常にもったいない時間の過ごしかたをしていたと思いますが、当時の私にはそれが普通で、毎日をただ過ごしていました。そんな空っぽな状態のまま時間が過ぎていき、大学三年の夏になりました。もうすぐ就職活動ということで、大学が開催していた全学生が参加する就活のオリエンテーションがあり、そこで出会いがありました。

オリエンテーションの中に、就活を終えた先輩が就活成功に向けたアドバイスや体験談を聞かせてくれるプログラムがあったのですが、そこで講演をされた先輩が非常に刺激的な人だったのです。普通なら、あたり障りのない成功の秘訣とかエールを送るような内容になると思いますが、その人はまるでプロレスの悪役のように我々を煽りに煽ったんですよ(笑)。

「この時期にこんな所でこんな話しを聞きに来てる時点で、就活戦線に出遅れていて負けは確定している。就活を舐めている」みたいな話しだったのですが、会場からブーイングが起こるんじゃないかというくらい参加者の雰囲気もドヨドヨしていて(笑)。でも私は、その先輩の言葉は非常に正しくて明確で、とても魅力的に感じました。今でも本当に正しいことを言っていたと思います。
最後にその先輩は「今からでもやる気があるなら俺の所にくればアドバイスする」といったことを言ったのですが、それを聞いて「これだ!」と思って、真っ先に会場を降りて行って名刺をもらいました。そういう変な行動力だけはあったので(笑)。

起業での挑戦と失敗と挫折

そこで就活イベントやインターンシップを募集している会社を紹介していただいたのですが、それがベンチャー企業や起業といった内容で、すごく新鮮で格好良かったんですよね。とてもきらびやかで、人とは何か違う特別な仕事ができるような気がしました。優秀な他校の学生や、バリバリ仕事をする社会人の人たちと知り合って、その時はまるで自分までもが凄くなったような気がしました。どんどんベンチャーや起業といったものに憧れ惹かれていきましたね。

そのころにインターンの仕事を通じて仲良くなった友人達がいました。若さも後押しとなり猪突猛進にその友人達と思い切って起業しました。結果として事業を軌道に乗せることはできず1年も経たずに空中分解しました。今でも思い出すのはつらい失敗ですが、完全に力不足でした。

得たものが何もないどころか、キャリアや大切な人間関係など失ったもののほうが多いようにも思えます。実際ここから私にとって苦しい時代に突入していくのですが、今にして思えば自ら挑戦して本気で痛い目にあったことで、空っぽだった自分の中身が詰まりはじめた出来事だったのではないかと思います。

立ち止まり何かを探す日々

その後もすぐに諦めたわけではなく、何度かもがこうとしましたが強くもがくたびにその分逆に打ちひしがれ、そのうち足が完全に止まり、地蔵のように動けなくなりました。何をすればいいのか、何をすべきなのか分からない。もしまた失敗したらどうしようと考え込んでしまい、自信がなくなってしまったのです。

そんな状況の中、どんどん追い詰められていったのですが、環境を変えたいと思ったのか、ただひらめいただけなのかは覚えていませんが、2、3日間はあえて一切考え事をせず、まったく見知らぬ場所で過ごそうとひとりで八丈島に訪れました。

島をぐるっと回ったり、釣りをしてみたり、地元の人と仲良くなったりしました。のんびり過ごす中、八丈島の歴史民俗資料館にふと立ち寄り、ぼーっと展示物を眺めていたところ、その中に戦国武将の宇喜多秀家が釣りをしている姿が描かれた掛け軸がありました。宇喜多秀家は豊臣秀吉の政権下で五大老のひとりとなった人物で、関ヶ原の敗戦により島流しの刑となり八丈島で晩年を過ごしました。

私は宇喜多秀家が八丈島に島流しになったことを知らなかったので、案内文を読みながら彼の境遇を考えていました。「こんな大人物が、ここ一番の大きな戦に負けて島流しになったなんて、どれだけ悔しくて、恥ずかしかったのだろうか」と。

しかしその絵をじっと見つめていると、描かれていた宇喜多秀家の表情が私にはどことなく楽しそうに見えたのです。実際にそれが楽しそうな表情だったかどうかは分かりませんが、瞬間的に私の頭の中に「歴史に残るような屈辱的な結果で人生を終えた大人物でも楽しく過ごせていたとしたら、私の失敗の悩みや恥ずかしさなんてあまりにもちっぽけなのではないだろうか」「人は失敗しても生きていけるのだ」という考えが現れて、そこで自分の頭の中でガチガチになっていた何かが溶けていき、すっと楽になった気がしました。

この体験を得て、「あまり深く考えこんだり悩んだりしても仕方ない、また以前と同じように自分がかっこいいと思うことをやればいいじゃないか。もしダメでもなんとかなるよ。どんどん試していこう」「問題なのは失敗することではなくて、そこで歩みを止めてしまうことなんだ」と思えるようになり、途端に前に進めるようになりました。

そこからあまり考えこまずに、やってみたい、かっこいいと思ったことにいくつかチャレンジして、最終的にITやWebに関することにも挑戦してみようと思い到りました。またそれも実に安易なのですが、「かっこいいから」と「一度自分で作ってみたいから」という理由からです(笑)。

特に自分で自分の思うものを自在に作ってみたい、という思いが以前から強かったことと、ちょうどスマートフォンアプリが流行りはじめたころ合いということで、この波に乗るため未経験にも関わらず思い切ってJAVAプログラミング & Androidアプリの開発講座を受けました。果たして本当に結果が出せるかと不安もありましたが、実際にプログラミングをやってみると非常におもしろく、のめり込んで打ち込むことができました。ついに本当に壁を乗り越えたと感じましたね。

開発講座の最終制作物に対して非常に手応えを感じた私は自信満々で、より技術力を磨きたいと派遣や常駐型のビジネスではなく、上流工程から下流工程までを自社で全て開発設計を行っている企業に入社しました。実際にその判断と方針は正しく、Webシステム開発という仕事の工程全体を理解し経験することができました。

悩み迷った自分だからこそ力を発揮できる仕事

技術者として経験を積んだ後、これまでの経験や社内の状況などから人事を担当することになりました。最初は自分でもびっくりしましたが、今では私には凄く合っている仕事なのではないかと感じています。

現在の採用業務では、これまで技術職や営業系の業務など幅広く経験してきたからこそ、そして悩み迷ってきた自分だからこそ、普通の人事・採用担当者では出せない結果を出せると思っています。
採用というのは中々難しいもので、優秀な人材がそう簡単に来てくれない昨今では、「人の考えの裏側を見抜く」だけでなく、「その人も気付いていない可能性や思考性なども見抜く」必要があると考えています。そのためには一度、「自分も普通の人間だ」ということを自覚する必要があると思います。なぜならば弊社にエントリーしてくれる多くの人もまた、悩みや迷いを抱えていて、自分自身のことさえハッキリしない普通の人達であることがほとんどだからです。

そうした私と同じような普通の人達の、まだ見ぬ可能性まで考えて採用をしないといけないと思います。自分のやりたいことで結果を出すことができた強い人には見えない、苦悩した人でないと分からない感覚や表情が見えることがあると感じています。今後は、まさに自分のこれまでのすべてを活かして、他の企業が見抜けない優秀な人材を採用し、彼らの可能性を引き出して、会社を着実に成長させる攻めの人事部として頑張っていきたいと思っています。

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太田 昌宏 (32)
経歴:

22歳 インターン紹介事業で起業するも空中分解

23歳 光回線販売の営業職を経験

27歳 自信を失い八丈島へ行き、一つの掛け軸と出会う

28歳 WEB開発の技能を学ぶ

29歳 WEBサービス会社を経て㈱エクスマートへ転職し現在に至る


充実度

充実度: 72点

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