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会社の存在意義は「どれだけ社会に貢献できるか」。個人の仕事もすべてはそこに通じる

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人を幸せにする存在でありたい。為せば成る。転んでも後退はしない。これは西尾さんが人生の道標として自らの心に刻んできた言葉。銀行マンから投信運用会社、監査法人を経て現在は事業会社2社の管理本部長と取締役として経営の一翼を担う彼が貫いてきたのは「血の通った仕事」である。西尾さんのこれまでの歩みと、仕事観について伺いました。

仕事に通ずる少年時代の大きな原体験

子どものころは医者か弁護士になりたいと思っていました。誰もが考えそうなことですが、私には確固たる理由がありました。それは、人を助けて幸せにできる仕事だと思ったからです。私は幼少期に大病をして長期間入院したことがあります。長期に渡る入院生活で、見舞いに来てくれる方の笑顔が心の救いとなりました。この体験から、誰かのためになること、笑顔にできることをしたいという想いが芽生えたのだと思います。

小学校時代は一生懸命勉強しました。父親から「お金という財産は残さないが、教養という財産はいくらでも残してやる。お金は使えば無くなるが、教養は使っても無くならない」。とよく言われていたことも影響していたと思います。大好きだった野球を諦めて塾に通い、中高一貫教育の進学校合格を目指して勉強していました。努力の甲斐あって志望校に無事合格し、諦めていた野球がまたやれると思ったのですが、残念ながら学校に野球部はなく、小さいころに道場見学をして好感を持っていた剣道をはじめることにしました。

志望校合格に安心したのか、中学に進んで以後あまり勉強をしなくなりました。友人たちも一緒になって遊び回っていたのですっかり油断していました。高校3年になり、一緒に遊び回っていたはずの友人たちと明らかに学力の差がついていることに気がつきました。そうです、友人たちも勉強などしていないと思っていたら、しっかり家で勉強していたのです。大学受験まであと数ヶ月というところから慌てて猛勉強をはじめました。

あくまで本気で勉強をしていなかったというだけで、本来勉強は嫌いではありません。とくに数学と政治経済は面白いと感じていました。今思うと、高校時代に政治経済を学んだことが、経済活動や会社経営に興味を持つきっかけとなりました。大学で商学部に進んだのも、銀行に就職したのもすべてはそこが原点のような気がします。

目標にした世の中を幸せにするための仕事と、人との繋がりの大切さ

関西圏の有名大学で、会社経営をしっかり学べそうなところという基準で選んだ大学です。第一志望ではなかったのですが、それは受験勉強をはじめるのが遅かった自分の責任ですね(笑)。入学当初から将来に向けて何を学んでいくべきかをしっかり考えました。会社経営の特に財務に興味があり、経営全体を見渡す力をつけたいと考えていたので簿記の勉強には力を入れました。卒業までに簿記検定1級を取得しました。

参加したサークルがすぐに潰れてしまったので、講義のあとはもっぱら塾講師のアルバイトをやりました。対象は小・中学生でしたが、生徒たちを教えるのは楽しかったですね。塾講師の道に進むのも悪くないかもしれなと思ったぐらいです。当時の教え子から「結婚しました」とか、「子どもが生まれました」とか、大人になった彼らからの便りをもらうと、人対人で繋がる仕事は素晴らしいなと思います。

やがて就職活動の時期が到来。会社経営全体に触れる仕事として、銀行、損保、生保に絞って活動を進めました。損保、生保は将来的に投資の仕事に携わりたいという理由で企業研究の対象としました。企業研究を深めていくほどに、銀行の役割に魅力を感じるようになりましたね。会社とは人が集まって世の中をより幸せにするために存在するものと考えていますが、子どものころに思い抱いた「誰かのためになることをしたい」という思いを実現できるのが銀行だと思えたのです。

銀行で働くことが世の中への貢献につながると確信し、東京三菱銀行(現三菱東京UFJ銀行)への就職を決めました。

銀行の仕事とはなんだろう?

入行してしばらくは資料集めやコピー取りにシュレッダーなど雑用が多く、当時の恋人に不満をぶつけたこともありました。コピーやシュレッダーを日々繰り返す中で、ふと気づいたのです。これは勉強のチャンスなのだと。先輩がどんな仕事をしているか、どんな資料を使っているかなどを見る絶好の機会じゃないかと思ったのです。

まず、法人営業部門で企業への融資業務を担当しました。法人営業でもっとも良かったことはたくさんの経営者と出会い、その想いを聞かせてもらうことができたことです。どんなに規模が小さくとも、どんなにボロボロの社屋であろうとも、世の中や従業員に対する「経営者の想いは熱い」ということを実感しました。そんな想いを受け止めていたからこそ、リレーションの良かった企業に対して業績不振を理由に融資ストップを上司から命じられたときは断腸の思いでした。お金が介在する事で自分にできる事に限界がきてしまう。本当に悔しかったです。結果的にその会社は業績を回復し、現在も事業をされている事が何よりの救いです。

2年後、個人営業部門へ異動。仕事は金融資産を持つ個人への資産運用や相続対策等を提案する仕事です。法人から個人へと対象は変わりましたが、基本は人対人の営業です。お客様のことを考え、信頼していただき、お客様に幸せになって貰うという点で、本質的な部分は変わらなかったと思います。この個人営業部門も在籍は2年で、その後子会社の運用会社へ出向することになりました。

入行当時から株式投資の仕事がやりたいと希望を出し続けていましたが、営業時の結果が評価され、戦略出向という形で運用会社へ出向することになったのです。

銀行の限界、会計士への転身

出向後、運用の世界に身を置いて、やがて投資においても金が介在することの限界をはっきりと感じはじめました。つまりベンチマークや運用成績という指数に支配されたものだということに気づいたのです。法人営業時代に感じた、銀行の限界を改めて感じたのだと思います。これをきっかけに、金が介在しないところで経営にタッチできる仕事をしたいと思うようになり、会計士の勉強をはじめました。

業務終了後、夜間のビジネス学校で2時間ほどの授業を受け、さらに自宅で深夜2時ぐらいまで勉強。朝6時には出社し、昼休みにも勉強。1年半ほどこれを続け、何とか会計士の資格を取得しました。子どものころ、父親が夜遅くまで、そして朝も早くから勉強しているのを見ていたので、仕事と勉強の両立という点でも父親の影響を受けているのかもしれません。資格取得後、銀行に残る道も模索しましたが、監査法人へ移ることを決意しました。中堅・中小から大手までいくつかの監査法人を検討したのですが、仕事に対する価値観が合い、優秀で魅力的な人が多かった監査法人トーマツを選びました。

さらなる成長を求めMBAへ。そしていまCFOとしての夢

転職した監査法人は特に上場準備会社に強く、私も会計士としていくつかの企業の株式上場準備に関わりました。会社の役に立ち世の中に貢献することで自分も成長できる。そんな手応えを感じましたね。しかし、徐々に自分の限界を感じはじめます。企業経営に触れると言っても、所詮は第三者の立場からきれいごとを言っているだけなのではないか?さらに決定的だったのが、私が担当した企業が株式上場を目前に急激な業績悪化に陥り、その窮状を救えなかったことです。力不足を実感しました。経営というものをきちんと理解したい、プロフェッショナルとしての引き出しを増やしたいと思い、経営大学院に入学。本格的にMBAコースで学びはじめました。

大学院での授業にて、ある経営者から声をかけられました。私も営業するつもりで話をしていたところ、いつの間にか私が営業されていて、その経営者の話にどんどん引き込まれていってしまいました。

「ぜひ当社の成長を支えていって欲しい」

私は入社を決断しました。それが現在の勤務先であるフォトクリエイトです。私が入社したのは上場を目前に控えた時期で、会社全体が成長意欲に溢れていました。魅力的な経営者がいて、自らの役割が明確に示され、さらに魅力的な社員が揃っている。また写真というコンテンツを軸にした事業にも発展性を大いに感じました。

現在、フォトクリエイトの管理本部長と関連会社アロバの取締役を兼務しています。自分にとって、2つの役割を兼務していることは大きな刺激になっています。フォトクリエイトでも、アロバでも経営の視点から仕事にアプローチできるのが面白いですね。

フォトクリエイトはこれまで市場を創り上げてきましたが、次の成長への転換点を迎えています。アロバは監視カメラ用ソフト開発事業を営んでいて、今まさに積極的に動いて急成長を目指すところにいます。2つの異なるフェーズに同時にコミットできるのは面白いですね。

取締役や管理本部長としての仕事の魅力とは、自分のキャリアをベースに経営の立場からものが言えるということでしょうか。直近で意識的に取り組んでいるのは、従業員のみんなが楽しく、やりがいを持って働き、成長できる環境を作るためにはどうすれば良いか、といった人を軸にしたマネジメント領域です。知識面もそうですが、思考や人間性も含めて自分の成長が会社の成長に繋がると思うので、継続的に成長していきたいですね。世の中の優秀な経営者たちや仕事等で出会った皆さんから、スキル、思考などを学んでいきたいと思っています。CFOという企業のNo.2のポジションで、No.1の存在になりたいと考えています。

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西尾圭司 (37)
経歴:

22歳 東京三菱銀行に入行し法人営業を担当

24歳 資産運用などの個人営業を経験

26歳 戦略出向で投信会社へ出向

29歳 監査法人トーマツへ転職

33歳 MBAを取得すべく経営大学院に入学

35歳 フォトクリエイトへ転職し今に至る


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