スキルアップ

面白くない、やる気が出ない仕事でも、辞めないことで開けた製薬会社での新たなキャリア

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「大学院時代、自分でも呆れるほどデキの悪い学生でした」大野さんは学生時代をそう振り返る。その理由は、妙なプライドが邪魔して人に教えを請うことができなかったから。そんな大野さんが社会人となってから決めたひとつの覚悟とは。

会社を辞めないスキル

「10年後にやりがいを感じられる仕事であるかどうかという視点で考えるべきだ」製薬会社に勤務する大学の先輩の言葉が、入社への大きな後押しとなったと思います。就職活動では理系の資質を活かすモノづくりの仕事がしたくて、食品メーカーなどたくさんの企業の選考を受けました。最終的に内定をいただいたのはシステム会社と製薬会社の2社です。システム会社のほうはもともと第一希望ではありませんでしたので、製薬会社への入社を決断しました。「新薬の臨床試験のモニタリング業務」という仕事は就職活動をはじめるまで存在すら知りませんでしたが、新薬開発の一翼を担うことで、社会に対しての貢献ができるのではないかと感じたのです。

入社後、まずは薬学知識を身につけるべく必死に勉強しました。とにかくたくさんの資料を集め、わからないことはどんどん先輩に聞きました。大学で微生物の研究をしていた自分にとってはまったく未知の世界。とにかく勉強の毎日でした。

入社3年目、ようやく一人前の仕事ができるようになったころ、徐々に外資の資本が増え、ついには外資の100%子会社になることが決定しました。仕事の進め方、組織マネジメント、そして言語まであらゆることが変わり、多くの上司、同僚が退職していきました。環境の変化に戸惑いつつも、私は退職しませんでした。確固たる理由があったわけではありませんが、上司より「スキルがあれば他へ移ることができるが、この環境に残ることもひとつのスキルと言えるかもしれないな」と言われました。このとき退職しなかったことが、大きなターニングポイントであったと思います。

人に学ばずして成長はない

子どものころは医者になりたいと思っていました。しかし高校2年のとき、ある雑誌を目にしたことをきっかけで農学部に進むことを決めました。その雑誌とは、親が定期的に買ってくれていた科学雑誌で、「砂漠を緑に」というタイトルの地球生態系についての特集記事に目を奪われました。他にも、当時最先端のバイオテクノロジーを扱っているのも農学部であるということを知り、様々な勉強ができるかもしれないと思ったのが理由ですね。

その後、大学農学部から大学院に進みました。数ある研究室の中から微生物研究室を選びましたが、研究室では後世に名を残すほどのデキの悪い学生でした(笑)。とにかく実験が下手で要領が悪い。教授から実験前に論文を下読みして要点をまとめておくよう指示されても、要点を抑えられず一晩かけて読むのがやっと。わからないことを素直に聞くことすらできない。今にして思えば、卒業させてもらえたこと自体奇跡ですね。

大学院時代、素直に人に教えを請うことができずに失敗し続けたことで、自分の心境が大きく変化しました。わからないことを聞くのは当たり前のことで、それで評価が下がることはないということにやっと気づくことができたのです。社会人となりこの教訓は多いに活かされたと思います。

新規事業でのチャレンジ

2009年、新卒で入社した会社が外資大手へ吸収合併されて以降、開発オペレーションは外注化され、仕事は外注先のディレクションがメインとなっていきました。新薬の開発状況により繁忙具合が大きく変化し、また仕事のための仕事をしているようで息苦しく感じられるようになり、どんどんモチベーションが低下していくのを実感していました。

2013年、業界内では比較的新しくできた職種の部署への社内公募の実施が発表されました。薬の使用価値を高めていくための新しい取り組みを進めていく部署ということで、迷わず手を挙げました。その後、正式な異動を前に、開発員の立場では会社全体を知ることはできないという考えから経営大学院への入学。これまで視野になかった経営との接点を持つようになりました。新たな部署への異動後は、医師とのディスカッションを通じ、薬剤の新たなエビデンスの構築や営業サイドの教育など、幅広い業務に携わっています。現在は医療経済効果のリサーチなど、いろんなチャレンジをさせてもらっています。

思えば、入社して2番目に担当したのはワクチン開発でした。担当していたとき、子どもたちの命を守ることの尊さを噛みしめ、薬が学術的に評価され広く使われるためには正しく使われる環境が整っていなければならないと実感しました。そのときの思いが、今に繋がっているのだと思います。

理想の組織を率いてみたい

ここまでひとりのスタッフとして働いてきて、マネジメントの意識が弱かったと思います。経営大学院で学んだことで、そこが自分の課題であることに気が付きました。今後は、経営大学院での学びを活かし、組織、プロダクトを長期的視野でどう育てていくかを考えていきたいと思っています。組織マネジメントとは、そこにいる人のパフォーマンスを最大限発揮できる組織をつくることだと考えます。将来、そこにいる全員がパフォーマンスを発揮し、それぞれがやりたいことを見つけられる、そんな組織を自ら率いてみたいですね。

外資への吸収合併の際、上司から「辞めないこともひとつのスキルかもしれない」と言われました。今言えるのは、あの時の決断は正しい決断であり、自分にとって格好のトレーニングであったということです。人生において、ある瞬間を切り取って判断することは拙速だと思います。一つひとつの日常業務の積み上げの先にこそ未来があるのだと確信しています。

モチベーションが上がらない、面白くない、やる気が出ない。そんな状況下にあってもやり続けていくことはひとつのスキルなのかもしれませんね。

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大野 孝順 (38)
経歴:

24歳 製薬会社への入社。新薬の臨床試験のモニタリング業務を担当

28歳 外資100%子会社になる

33歳 オペレーションの変化に戸惑い周囲も辞めていく

36歳 社内で始まる新たな職種の社内公募に手を上げ異動

38歳 現在、医師とのディスカッションを通じ、薬剤の新たなエビデンスの構築や、営業サイドの教育など幅広い業務に携わる


充実度

充実度: 67点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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