やりたい仕事へのチャレンジ

出産と仕事。ずっと美容師として働くために選んだフリーランスの美容師

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女性美容師の市原さんが独立を目指したとき、先輩美容室オーナーからもらったアドバイスは、自分の夢と、妊娠、出産、子育ての問題の狭間で揺れる市原さんのキャリアを大きく変えるものになりました。いま出産を間近に控え、美容師としてこれからも長くキャリアを重ねていく市原さんにお話を伺いました。

ヘアーエゴで美容師としてスタート。下積みのアシスタント時代

14年間働いた美容室「ヘアーエゴ」を2014年9月に退社し、いまはフリーランスの美容師として、西千葉駅前にある「ヘアーアール」に間借りさせてもらって働いています。ヘアーアールのオーナーである助川さんはヘアーエゴで働いていた時の先輩で、その縁でお世話になることになりました。

ヘアーエゴで働きはじめたのは、専門学校を卒業した直後からです。アシスタントからはじめて、スタイリストへ、そして支店の店長を任されるまでになりました。
美容師のアシスタントの仕事はお客様のシャンプーをしたり、床の掃除をしたり、また、営業時間終了後はとにかく練習練習の毎日です。ひたすら下積みの生活となりますが、その中でも私は常に小さな目標を立てて、それをクリアすることでモチベーションを上げるようにしていました。
シャンプーは店内で一番うまくなる、自分が対応するお客様とは必ず一言でも会話する、など、小さなことでもその目標を達成していくことで、自分の成長を実感できるし、それが美容師の仕事をさらに楽しくしてくれます。技術を磨くための練習もそれが自分のスキルとして蓄積されていくので、下積みということでモチベーションが下がることはありませんでした。
美容師として働く上で課題はいくらでも出てきます。それをいやいやこなすのか、積極的に自分から取り組むのかで、自分の気持ちは大きく変わると思います。
例えば、勉強のために千葉市内の美容室はほとんど行きました。このお店の、自分と同じ立場のアシスタントさんはどんな接客をするのか、自分が受けてうれしいサービスって何だろうとか。よかったことは全部真似しようと。それは美容室以外のお店も同様で、普通の居酒屋などでも「いつもありがとうございます」と声をかけられたら「覚えてくれてるんだ」と思ってうれしくなる。そんな気にしなければ流してしまうような些細なことを意識的に見るようにしていました。

アシスタントからスタイリストへ

スタイリストになってからも仕事上の課題はありました。
スタイリストはお客様と一対一で関わるようになるので、そのお客様がリピートしてくれるか、指名してくれるかで、自分の成績が大きく変わります。
自分の技術に自信を持って対応したお客様でもリピートしていただけない場合もあります。それは、美容業は技術だけを提供するものではなく、接客なども含めたすべてのサービスを含めてお客様は見ていらっしゃるからです。
なので、これは美容師だけでなくどんな接客業でも同じだと思いますが、来ていただけるお客様が、来店する前から帰られた後まで、来てよかったと思っていただけるように、真剣にそのお客様のことを考えるように心がけました。
例えば、アシスタント時代から、いらっしゃるすべてのお客様がどんな人だったか忘れないようにメモをとるようにしています。どんな仕事をしている、結婚している、子どもがいるなどの情報や、あまりしゃべらない、おしゃべりが好き、などの情報まで。
時間がないときは断片的なキーワードだけでもいいんです。「おいしいレストランに行く」などの話を伺った場合は、次回いらいしたときに「あのレストランどうでした?」などと声をかけるだけで「覚えてもらえている」と思っていただけるかもしれません。
また、指名を多くもらっている先輩がどのような接客をしているのかはいつも観察するようにしていました。せっかくいいモデルがすぐ近くにいるんだから、それを参考にしない手はないですよね。
おかげさまで多くのお客様に指名していただくことができ、支店の店長も任されるようになりました。

店長としての課題と仕事のやりがい

店長になってからは部下となるスタッフの育成がひとつの課題でした。スタッフもひとりの人間なので、一人ひとり個性があり、その人に合わせたマネジメントが必要です。
過去にうまくいったやり方でも、別のスタッフにはまったく通用しないこともあり、ときには辞めたいと相談を受けることもあります。そんなときはいつも、そのスタッフの本質を探る努力をしました。「会社を辞めたいと思うほどの不満を抱えているが本当は自分の話を聞いてもらいたい」ということが「辞めたい」の言葉の裏に隠れているのではないか、もし私が何かを変えることでその不満が解消されるのであれば、その「辞めたい」も解消されるかもしれません。
また、そういった不満をスタッフが抱え込まないように、美容師という仕事がいかに楽しい仕事かということをみんなに伝える努力もしてきました。働く楽しさをその場のみんなが共有することで、お店の雰囲気もよくなり、結果的にお客様もよろこんでくれると思ったからです。
お客様に言っていただける「ありがとう」の言葉ほどうれしいものはないですから。
自分は本当に辞めるときにしか「辞める」と言わないと決心していました。一度言葉にしてしまうと、そっちに意識がいってしまうようで怖かったのもあると思います。この仕事も職場も気に入っているのに、些細な不満くらいでそれを失うようなことはしたくなかったんです。
それに、辞めたい理由が他人のせい、会社のせいなどであれば、それは自分が変わらなければ、いまこの会社を辞めてもまた同じ課題に直面するのではないでしょうか。
逆に、上司や会社から教育を受けたからといって、それで人が成長するとは限りません。自分が主体的に動いて実体験として経験するからこそ、それが自分の糧となって学びとなるのだと思います。

趣味と実益を兼ねてキャラを確立。自分がお店の看板になる

スタイリストになってからは自分がお店の看板になろうと思って、思いっきり個性を出すようにしました。この目立つ髪型や服装もそのころから続けているのですが、誰がどう見ても目立ちますよね(笑)。
自分の趣味と言えば趣味なのですが、それでもここまで振り切ったのは、お客様に自分を覚えてもらいたいという気持ちもありました。
名前は覚えていなくても、「あのピンクの人ね」とか「派手な人がいるお店でしょ」なんて感じで、お客様に覚えてもらえる要素としてはかなりインパクトがあると思いまして(笑)。

もともと小さいころから目立ちたがり屋なところはあって、小学生のころも進んで学級委員になるような子どもでした。いまも変わらず、人と話すことは大好きです。
小学校4年生までは勉強も出来るほうで、先生からクラスメイトに勉強を教えてあげてと頼まれるほどでした。でもあるときから「勉強しなさい」と言われることが嫌になってしまい、また、友達と遊ぶことのほうが圧倒的に楽しくなってしまって勉強しなくなり、それ以降成績はだだ下がりです。
遊ぶことが楽しくなってしまうと、親に「星の観察に行く」と嘘をついて友達や先輩たちと夜遊びしてみたり(笑)。小学生ですから1〜2時間遊んできちんと家に帰るんですけど、当時の小学生にとって夜出歩くのって、ただ外にいるというだけですごくスリリングで特別な感じがしたんですよね。
そんな小学生なので中学、高校とずっと遊んでいた記憶しかありません(笑)。もちろん大学に行くという選択肢は一切ありません。でも高校を出てすぐに働くのも嫌で、とはいえ将来のことも考えなきゃいけない。ということで手に職をつけられる美容師の専門学校に行くことにしたんです。美容師なら髪型や服装も自由にできる、というのも魅力のひとつでした。

独立ぎりぎりでの大きな方向転換。女だからこそ選んだフリーランス美容師の道

いまはフリーランスの美容師として、ヘアーアールさんに間借りさせてもらっています。美容師としてキャリアを積んできた以上、やはり自分の店を持つというのは最大の目標のひとつになります。
最初はすぐにでも自分のお店を出そうと思って準備を進めていたのですが、ヘアーアールのオーナー助川さんに相談したとき、「将来子どもを産もうと思っているなら、まず産んでからお店を持ったほうがいい」と言われました。もし自分のお店を持ってしまったら、仕事が忙しくなって子どもを産むタイミングを逃してしまう可能性がある、産んでからでもお店は持てるよ、と。
これは女性ならではの問題ですが、やはり年齢的にも子どもを産める限界があり、すでに二人の子どもを育てながら自分のお店を経営している助川さんの言葉はとても説得力がありました。
それ以前は男性の美容室オーナーだけに相談していたんです。男性の経営者からは「応援するよ」などの励ましの言葉や、お店を持つまでの具体的なアドバイスなど、背中を押すようなことを言っていただいていて、自分もその気で独立の準備を進めていました。結果的に、女性美容師の助川さんに相談したことで大きく方向転換することになりましたが、いまはそれで正解だったと思っています。
すごく迷いましたが、自分の性格上、仕事が忙しくなったら子どもより仕事を選んでいたかもしれませんから。
いま妊娠6ヶ月で順調におなかも大きくなってきています。女性の社会進出が進んでいるとはいえ、身体の構造的に子どもを産めるのはいまのところ女性だけですからね。結婚、出産と仕事の関係は女性にとっては非常に重要で、子どもが欲しいと思っている以上、その問題は避けられません。

美容師の枠にとらわれずに可能性を広げたい

ヘアーエゴで働いているときは、店長としてお店全体の管理が主な仕事になっていました。だから極端に言うと自分のお客様でも最初と最後だけ対応して、後はアシスタントや別のスタイリストにお任せする、ということもあったと思います。
でもいまは完全にひとりで仕事をしているので、最初から最後まで自分のお客様に接することができます。
また、経営面に関してもすべて自分の責任で行えます。何を仕入れて、どんなサービスをするのか、家賃などの固定費による出費と収入の管理など、まだ自分のお店ではないですが、すべての責任を自分で負って、自分が提供したいサービスをお客様に100%提供できるという点で、いま本当に楽しく仕事をしています。

この先、自分のお店を持ったとき、お客様が自分のお店に長く通ってもらえるようなお店にしたいと思っています。また、アフロやドレッドなどの特殊なヘアースタイルを提供している美容室はまだまだ少ないので、そういった特殊なヘアースタイルも手軽に出来るような美容室にもしたいです。私自身、そういったブラックミュージックのカルチャーが好きなので、そういう音楽に携わる方々とのコラボなどもできたらいいですね。
いま、私の周りに自分以外にも様々な業種業態で、すでに独立して自分のお店を持っていたり、それを目指したりしている人がたくさんいます。そんな方々と将来の話をするのはすごくおもしろいし、実際に何か出来そうな気がしていつもわくわくしています。

勉強もしないで遊んでばかりいた自分でも、こうしていま本気で仕事を楽しんで毎日充実した生活をおくることができているので、そういった意味では勉強ができなくて自信がないというような人でも、きっとチャンスはあると思っています。
美容師の仕事はいい大学を出てても、ぎりぎりの成績で高校を卒業したような人でもスタートラインは一緒です。いま、それは美容師の仕事に限らず、自主的に行動を起こしていける人には、今後さらに多くのチャンスが訪れると信じています。

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PRO


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市原麻衣子 (36)
経歴:

22歳 ヘアーエゴに入社しアシスタント美容師となる

25歳 技術テストに合格しスタイリストへ

35歳 フリーランスへ転身


充実度

充実度: 88点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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