ITエンジニアのスキルアップ

営業からエンジニアへ。自分自身で仕事をドライブする生き方

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

「正論を語るだけでは人は動かない」学生時代に恩師に言われたその言葉が今でも忘れられないという中村さん。
営業からエンジニアへと転身し、今は自分でドライブする手応えを感じているそうです。これまでの歩みとこれからについて中村さんに語って頂きました。

自分でドライブしたいという思い

大学卒業後、大手自動車部品メーカーに就職しました。途上国を中心にグローバルな拠点展開を進め、従業員数はトータル25万人、売上は1兆円を超える大企業です。1990年代以降、自動車メカニックの電子化が進み電線パーツの需要が拡大。業績は急成長を遂げ、電線パーツ分野では長年にわたり世界トップのシェアを誇っていました。入社後、私が担当した仕事はビジネスユニットでの収支管理です。具体的には売上管理と、年に1度行う「年次合理化」と呼ばれる価格の見直しです。

顧客に対して設定した年間の納入価格を改善効果として値引きするものですね。私がBUに籍を置いていた時期は、ちょうど全社的に収支管理の見直しを進めていた頃で、BUごとに経営の見える化に取り組んでいました。私は上司にとても恵まれたと思います。とにかくいろんなことを任せてもらえましたから。

顧客には会社の代表として、社内に向けてはお客様の代理人として様々な調整を行っていくことが面白かったですね。対顧客で印象的な出来事は、「納入部品に使用する資材調達の価格をSWAPでコントロールしてほしい」という要望を頂き、前例はありませんでしたが、法務部・経理部と協力し対応したことがありました。競合他社は応じなかったことから、お客様には喜んでいただけました。

最終的には、これを布石に取引基本契約の改定を自社に有利に進めることもできました。また社内業務で印象深い業務としては、専務に各BU長が経営計画の策定業務について報告を求められたことがありました。私が報告の構成・内容も含めてドキュメントの作成を任されていたので、現在の業務と問題点、および改善の方向と難所について、隠さず簡潔にまとめて報告してもらいました。

結果、他のBUが2日かけても継続検討になったのに対し、事業規模の違いもあるのですが、私のBUは30分ほどで終了し来期の話に進むことができました。上司からは感謝されましたね(笑)。顧客に対しても会社に対してもいい仕事ができているという実感がありましたね。

成功体験を重ねるごとに自分でドライブし、自分の限界を超えるような経験を積み、成長していきたいという思いを強く持つようになり、改めてキャリアを考えるようになりました。これまで任されることでの成長を実感してこられたけれど、これからもそんなチャンスがあるかどうかはわからない。それならば、もっとチャンスの多いところに移るべきかもしれないと思うようになりました。

正論では人は動かない

私には忘れられない子ども時代の体験があります。小学校3年生のときのことです。学芸会での催し物をクラス全員の多数決で決めることになり、ある案で決まりそうになっていました。

「このまま進めて上手くいくはずがない」

いくつかの問題点が見えていた私は、他のクラスメートに対し説得を試みましたが、残念ながら私以外の全員が賛成し、その案に決定してしまいました。催し物の準備が進んでいくにつれ私が指摘した通りの問題が発生してしまったのですがこの時担任の先生より言われた一言が、今も私の心に残っています。

「いいか、正しいからと言って皆が思うようには動くわけじゃないんだぞ」

自分が問題に気づいていても、他の人に理解してもらえなければ、意味が無いのだと学びました。また、振り返れば、説得の際に、私は自分の正しさを主張するあまり、彼らの案を間違いだと否定していたのです。喧嘩腰だったかもしれません。それでは、いくら正しくても、相手は聞いてくれないですよね。もうひとつ、私の仕事観の礎となった体験があります。それは高校時代の部活です。高校は男子校で、私は合唱部の部長を務めていました。

男だけの合唱部なんて華がないかもしれませんが(笑) 3年の時、1・2年生部員と3年生部員の間に明らかにモチベーションの差があり、演奏会に向けこれを解決しなければなりませんでした。そこで私は下級生たちに優勝校の本番での映像などを見せながら、いろいろ話をしました。「こんな合唱できたら最高だろ」「彼らも同じ高校生、俺たちにもできると思わないか」私は、下級生たちに明確な目標を持ってもらおうと考えました。やがて部員全員が共有する目標が明確になり、部活は盛り上がっていきました。組織を変える、人を動かすために自ら主体的に行動すること。さらに、その行動が相手を幸せにすること。そうした実感を得られたことが、社会人としての今の生き方を決めたような気がします。

自分の未知の可能性を知るには柔軟さも必要

転職におけるキーワードは、成長につながるチャンスに恵まれた環境・マネジメント・グローバルでした。ワークスという会社にはそのすべてがありましたね。若手が多くミドル層が少ないため、早い段階から責任あるポジションに就ける可能性が高いこと。また次のキャリアではHRに携わってみたいという思いもありましたので、コンサルタントとして人事施策に関われるのは大きな魅力でした。学生時代からリーダー的役割を任されてきた経験から、人に気付きを作りヤル気を引き出していくということを仕事にできたらという思いを持っていましたから。自分でドライブするという思いを実現するのに最適な環境だと確信しました。

転職後に6ヶ月間の研修を受けたのですが、それは自分でシステムを企画し実装までを行うというものでした。入社前には内容の説明は無かったため戸惑うと同時に、システム開発未経験の私にはかなりの難題でしたが、新しい会社のカルチャーに自分を染めるチャンスだと捉えて腹を括りました。この研修を通じて3つのことを学んだ気がします。

ひとつは、仕事においては未知のことにキャッチアップし工夫していく実行力が不可欠であること。次にどんなに困難な状況にあってもやり抜くメンタルの強さ。さらに理想から考えたうえでメリットベースで実現するメンタリティです。企画の段階でどんな理想状態を設定するかによりアプローチは変わるものであり、そこがズレると無くても困らないようなものしか作れないということです。難易度の高い研修でしたが、得られたものは大きかったですね。

研修を経てECの開発部門に配属となりました。転職時には、ECも開発の仕事も自分の希望ではありませんでした。希望ではない配属でも心が折れなかった理由は、第一に私の適性に関する会社の判断を信じ、まずはやってみようと思えたこと。第二にEC事業がもっとも新しい部署で最高にハードな部署で海外異動チャンスがあるなど成長機会に恵まれていたこと。

また第三に少し俯瞰したときにECの魅力に気付いたことです。それはECの市場規模は世界的に拡大する一方であり、世の中の物理的・距離的制約を打ち砕くものであるということです。結局、転職当初に思い描いていたパスとは異なりましたが、そのときには会社のカルチャーにより惹かれていましたから、特に落ち込むこともなかったですね。

自分でドライブしていくからこそ仕事を楽しめる

転職して感じたのは、ワークスでは自分でドライブしていかなければ仕事にならないということですね。ここには縦割り型の組織はなく、仕事は基本丸投げで任された者が自分でやるしかありません。多くの企業の場合、上司・リーダーが意思決定の責任を負い、メンバーはそのための報・連・相をするという考え方だと思いますが、ワークスにおいてそれは通用しません。

大なり小なり案件を任された人間が必要なメンバーをセレクトし、適宜情報を共有しながらプロジェクトをリードしていきます。企画からゴールまでを設計し、想定し得るあらゆるリスクのマネジメントもしなければなりません。これが任せるということであり、自分でドライブすることだと思いますね。

今後の展望としては、よりビジネス寄りの方向へ進みたいと思っています。私がEC開発の魅力として感じているのはその技術面ではなく、ECにより何ができるができるかというオペレーションの部分です。日本企業にありがちな「経営サイドのある種の勘に依る経営」ではなく、事実に即したビジネスアイからの経営を進めていきたいと考えています。

おすすめの記事

大手企業からベンチャーに転職して成功する人材とは
ベンチャー・中小企業から大企業へ転職するには

中村様profile
中村 直敬 (32)
経歴:

24歳 矢崎総業に入社。工場管理システム導入等を担当。

25歳 海外研修へ。

26歳 同社にて三菱営業統括部に配属。

28歳 ワークスアプリケーションズに入社。システムエンジニアに転身

29歳・・・同社にてEC新規開発を担当。

31歳・・・同社にてEC保守開発を担当。


充実度

充実度: 45点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

メッセージを送る

このインタビュー記事についてご意見、ご感想などありましたら、
ぜひメッセージをお送りください。

メッセージを送る