ITエンジニアのスキルアップ

自己成長を諦めない。夢みる仕事・やりたい仕事をやれる幸せ

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大学卒業後、ネットワークの仕事を夢見て大手メーカーに就職。その後プログラムの面白さに目覚めてスキルを磨いてきた飯田さん。新天地クラウドワークスで夢に行き着くまでの過程を伺いました。

父の仕事の影響から、電気・電子を学ぼうと思った

中学時代はバレーボール部、高校時代は卓球部に所属していました。本当は高校でもバレーボールをやりたかったのですが、小柄な私では通用しないと思い諦めました。当時はまだリベロというポジションが確立されていませんでしたし、部の顧問がメチャクチャ怖い先生でとてもついていけそうにないなと思いました(笑)。進学校ということもあり、部活に関してはそれほど熱を入れてはいませんでした。

私は茨城県古河市の出身ですが、地元地区の高校に進学しようとは思いませんでした。自転車で30分かけて地元のつまらない県立に行くぐらいなら、電車で30分かけて埼玉の私立の進学校に行ったほうがいいと思ったのです。とりあえず一流大学に入れば、一流企業に就職できるだろうという程度のことしか考えていませんでした。

私の父は電子回路設計のエンジニアで、日頃から私に「電気関連の仕事なら食いっぱぐれることはないぞ」と暗に電気関連の仕事に就けと示唆していました。理系科目が得意だったこともあり、大学は電気・電子系の学部を選択。強電流工学に進むか、弱電流工学に進むかは専門課程選択の際に決めようと思いました。

大学で知ったネットワークの面白さ

大学はかなり忙しかったですね。とにかく実験が多くて、最低週に3回はあったと思います。実験後のレポートをまとめるのも結構時間がかかるため、遊ぶ時間なんてほとんどありませんでした。じつは1年生の時に合唱サークルに入ったのですが、活動資金を負担するのが厳しくなり1年間でやめてしまいました。まあ授業が忙しくてあまり練習などに参加できなかったといこともあります。就職のことも少しずつ考えはじめ、ゆくゆくは東京電力に就職できたらいいなと考えていました。業界全体を見渡した時に、電力事業こそ安泰だと思ったからです。東電を目指し、専攻は強電系を選択しました。しかし、徐々に将来に対しての考え方が変化していきます。

研究室に入ると、教授から様々なことを頼まれるようになりました。「君はネットワーク系のことはわかるかね?」と教授に尋ねられ、とりあえず「はい、多少はわかります」と答えると研究室のLAN構築を任されることになりました。これがネットワークに興味を持つようになったきっかけです。その後もSE的な作業をいくつも頼まれるようになり、C++のプログラミングをするなどしているうちにいつの間にかネットワークエンジニアの仕事に興味を持ち、将来はネットワークエンジニアになりたいと思うようになりました。

人も仕事も成長するからこそ新たな目標や夢が生まれる

大学卒業後は大学院で2年間学び、ネットワークエンジニア1本に絞り就職活動を開始、最終的に日立情報ネットワークへの入社が決まりました。

入社後の3ヶ月間はみっちりと研修を受けました。ASPやVPなどを学び、オラクルの資格はゴールドまで取得させられました。当時の思いとしては、大学院卒として大卒者に負けたくないという気持ちがどこかにありましたね。ネットワークエンジニアとしての成長を目指しての入社でしたが、入社直前にグループ子会社同士での合併により本配属はASP開発の仕事となりました。赴任したのは日立製作所水戸工場。工場内のWEBシステムにおける、資材管理システムのツール整備を担当することになりました。ブラウザへの対応などに頭を悩ませることも多かったのですが、それがまた楽しいと感じました。対応のためにいろいろ調べたりしているうちに、WEBデザインへの興味も強くなっていきました。

入社以来、ずっと業務システムの仕事を手がけてきましたが、作ったものに対するリアクションが感じられないのが不満でした。WEBデザインについてきちんと学びたいという思いも募り、入社2年で会社を退職。コンシューマ向けシステム開発への転職を目指し、WEBデザイン系の専門学校に入学することにしました。

3ヶ月間のプログラムでわかったことは自分にはデザインのセンスはないということ。コーディングなど開発の実務はこなせてもデザインは無理だなと感じ、今後はプログラマーとしてのキャリアを究めていこうと思いました。それでも専門学校でフロント周りを学べたのは貴重な体験でした。

キャリアを重ねるごとに見えてきたもの

3ヶ月のプログラムを終え転職活動を開始。間もなく不動産賃貸会社に社内SEとしての入社が決まりました。安定度・知名度を重視しての入社でしたが、業務の大半は社内向けのヘルプデスクで、開発業務の仕事はほとんどありませんでした。時には物件オーナーさんの送迎ドライバーとして駆り出されることもあり、さすがにこれは違うなと思いました。すぐに転職へと動き、上場する前のDeNAから内定をいただきました。しかし、業務の引継ぎの問題などで退社時期がずれ込み内定を辞退せざるを得ませんでした。

その後クルマ総合情報サイトを運営するカービューに転職。ようやくコンシューマ向けの仕事ができると思いましたね。入社後しばらくはインフラ周りの仕事を任されました。トータルで1年半ほどですかね。カービューのPVが飛躍的に伸びていた時期で、どんどんサーバを増設していたのでかなり忙しかったのを覚えています。その後SNS、ECサイト、海外向けサイトに携わるようになりました。特に海外向けサイトの仕事は面白く、国内で評価の高いサイトデザインが海外ではまったく不評だったりするなど、国ごとにウケるデザインを考えたりするのは楽しかったですね。

WEBの世界はSIer出身の私から見ると、開発スタイルはかなりアバウトでした。まず仕様書というものが存在しない。とにかくスピード重視で、納期はすべて「なる早」と指示されるのみ。バグがあってもとにかくリリースすることが最優先。まあ受け止めるしかありませんでしたね(笑)。やがて株式上場をきっかけに、そのあたりのマネジメントが徹底されるようになります。ログを残す、仕様書をきちんと作成するなどある意味まともになったという感じでしょうか。私は「ごく当たり前のこと」として対応していたので、「困った時は飯田に任せておけ」という雰囲気になっていました(笑)。

その後、私を含めたチーム4人に対してあるベンチャーから引き抜きのオファーが届きます。ライフログをベースにした新規事業を立ち上げたいというお話しで、すでに大手メーカーからの受注が確定しているということでした。外部からの引き抜きをいただいたのは嬉しかったですね。新規事業立ち上げに魅力を感じ、4人全員での転職を決意しました。

そして自分の夢を実現できる仕事に出会えた

退職の翌日。4人揃って転職先へ出社すると、いきなり社長から「みなさんに大事なお話しがあります」と呼ばれました。すると、確定していたはずの受注がなくなり事業の目途が立たなくなったとのこと。この時ばかりは言葉を失いました。2ヶ月後に結婚を控えているというのに、まさかこのタイミングで無職になるとは……。

すぐに友人・知人あらゆるつてを辿って職探しに奔走しました。1ヶ月後、ようやく知人にLAMP系の開発を紹介してもらい、なんとか入社が決まりました。初めから長くいるつもりはありませんでしたので、システムリーダーとしてそれまで他のエンジニアたちが手を付けたがらなかった案件を完成させたのを契機に1年半で退職。次にセプテーニ・ベンチャーズのファッション系SNS立ち上げに参加しました。事業が軌道に乗った暁には事業会社化へという話もあったのですが、結果的に実現には至りませんでした。実質的には開発は私ひとりで、デザイン以外のあらゆることをやりました。その後コンシューマ部門を外れ広告部門へ異動となったため、プロジェクトの目途がついた段階での転職を決意しました。

ビズリーチに登録しスカウトを待っていると、やたらしつこくオファーをしてくるエージェントがいました。熱意に押され仕事を紹介して貰うとクラウドワークスという会社でした。いつか地方創生に寄与するソーシャルビジネスを手掛けたいという夢がありましたので、ひょっとしたらクラウドソーシングで何かできるかもしれないと直感、話を聞いてみることにしました。話を聞くだけのつもりがとんとん拍子に面接が進み、最終面接へ。そこで地方創生に関するビジョンを語るうちにすっかり意気投合してしまい、是非来て欲しいと言っていただきました。家族や友人からの後押しもあって入社を決意。2015年7月よりクラウドワークスで働いています。

私が考える地方創生の夢とは、IT化が進んでいない第一次産業や教育分野に対してイノベーションを起こし、地域格差をなくしていくこと。実現に向けて、まずは現場の研究をはじめています。特に教育はあらゆることの基本と捉えており、必ずやらなければならないと考えています。クラウドワークスの持つ素晴らしいプラットホームをベースに、世の中を変える新しい事業の構築を目指しています。

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飯田康介 (38)
経歴:

22歳 入社前に吸収合併しネットワークエンジニアではなくASP開発担当になる

24歳 プログラミングに興味を持ち不動産賃貸会社に社内SE

26歳 SIerからWEBの世界へ。またBtoCを経験するべくカービューに転職

31歳 ベンチャーから引き抜きのオファーで起業準備。しかし、社長から残念なお知らせ

34歳 セプテーニ・ベンチャーズのファッション系SNS立ち上げに参加

37歳 クラウドワークスに転職


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