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夢を諦めたとき、新たな道が拓けた。ソーシャルビジネスで社会課題を解決する

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幼少期からプロのバレリーナを目指していたという中野さん。それが自己満足だと気づいたとき、彼女はその夢を諦めました。自分のためだけでなく、「誰か」のために生きることを決意した彼女は、その後どんな人生を歩んだのか?中野さんが目指す生き方について伺いました。

社会を広く見る視野を養う

私が初めてソーシャルビジネスに興味を持ったのは学生時代のころでした。三菱東京UFJ銀行に就職した理由も、ビジネスの世界を広く見る視野を養うためには銀行が最適と考えたからです。銀行での3年間は法人営業に従事し、中小企業の主担当と、大企業の主担当をサポートする副担当業務に就きました。

最初の1年間は、理想と現実のギャップに苦しんでいましたね。法人営業の仕事を通じてお客様との関係が深まっていくにつれ、課題やニーズが明確になり、自分が何をすべきかが分かってくるのに対し、銀行での複雑な事務を効率的にこなせないためにお客様に注力できないというジレンマを抱えていました。環境や制度の問題ではなく、自分のスキルやスピード不足が原因だったと思います。

銀行での法人営業の仕事で、途中から大企業の副担当のみに業務範囲が絞られました。このときは仕事の領域が狭くなったことで業務の達成度は上がったと思います。ただ、活動範囲が社内に限られ、お客様との接点がなくなった点においては私にとって痛恨でした。

その後、海外のリスク管理部門に異動し、外部委託の所管業務を担当。振り返ればこの仕事で自分の能力を最も活かすことができたと思います。ひとつは英語力が活かされた点。もうひとつは特定分野の業務を深堀し、その分野で自分の存在意義を感じることができたという点です。私自身は銀行の法人営業よりも、管理部門の仕事があっていたように思います。

この仕事を通じて、自分が感じていたジレンマは解消されていった気がしますね。銀行独特の企業文化を理解し対応できるようになったこと、また周囲にも評価されるような仕事の成果を挙げられるようになったことで、自分の中で銀行でやるべきことはやりきったという感触を持ちはじめたのです。

 人のために何かをすることで、自分のことは考えなくて済むと思った

私は父親の仕事の都合で幼少期をアメリカで過ごしました。6歳からバレエを習いはじめ、将来はプロのバレリーナになることを夢見ていました。日本に帰国後もレッスンを続けていたのですが、やがてバレエのレッスン代が親に大きな負担をかけていることを知りました。レッスン代に加えコンテストへの出場費、衣装代など…。その金額は決して安くはなく、それを何年も親に強いていたと思うと後ろめたい気持ちになりました。

また、帰国後に入ったバレエスクールの厳しさもあり、バレエを続けることがいつの間にか楽しくなくなりました。このままバレエを続けても誰も幸せにならない。そう思って中学卒業と同時に長年続けていたバレエをやめることを決断しました。今振り返ると、バレエを諦めた経験こそが「自分が好きでやりたいと思うだけでなく、人のためになり、世の中に役立つこと」を志すきっかけになりました。

高校ではボランティア部に入りました。学校の近所のゴミ拾いからはじめ、知的障害者の施設や老人ホームに訪問し、東南アジアの子どもたちへ鉛筆を送るプロジェクトを校内に呼びかけるなど積極的に活動するようになりました。「ありがとう」という感謝の言葉をいただくことで、「意思をもって行動すれば自分の行動も人の役に立ち得る」という当たり前な気づきを得ることができました。このころには、社会性が強い仕事をしたいと自分の将来イメージができていたと思います。

高校卒業後は、国際協力を学ぶために早稲田大学に進学。世界にある様々な社会問題、そしてその解決を担っている政府系機関やNPO団体などの組織のメリット、デメリットについて学びました。大学で国際協力について学んだことで、ボランティアではなく報酬を得る形で社会貢献したいと思うようになりました。国同士の利害関係と離れた世界で、且つ仕事としてできるやり方はないだろうか?そう考えたとき、初めて社会起業というものの存在を知ったのです。ビジネスを通じて社会課題の解決に取り組もう。はっきりと自分の軸が定まりました。
    

転職によりさらに夢に近づけたと思う

「3〜5年間は仕事に集中しよう」。そんな決意を持って飛び込んだ銀行の世界。法人営業やリスク管理部門も経験し、入社5年目を目前に、一通りのことはできたという達成感を得ることができました。本格的にソーシャルビジネスへの転職を意識しはじめたとき、NPO法人かものはしプロジェクトと出会ったのです。ちょうどスタッフを募集していたタイミングで、ここに自分にできることがあるかもしれないと思いました。迷わず銀行を退職し、かものはしプロジェクトに社会人インターンとして参加することを決めました。

かものはしプロジェクトは人身売買、児童買春の撲滅を目指し、世界の子どもたちが未来への希望を持って生きられる社会を創るための活動を行う団体です。私はここで、主に寄付開拓業務(ファンドレイジング)を行っています。法人、個人の支援者の方々を訪問し、寄付をいただくための営業を行う仕事です。

現在、かものはしプロジェクトの活動と並行し、社会起業家の育成支援を行うNPO法人ETIC.にも参画しています。ここでは社会起業を志す個人や団体向けの育成プログラムの運営に携わっています。活動の割合は両団体で半々といったところでしょうか。2つの仕事とも自分がやりたいと思っていたソーシャルビジネスなので心の満足度は高いと言えますが、本来の自分の軸である「ビジネスを通じて社会課題を解決する」という目標にではまだまだ到達していないというのが正直なところです。

やりたいことが少しずつ明確に

今、私には実現させたい夢があります。それは、人身売買・児童買春被害者のような環境に恵まれない貧困層の女性が自己肯定感と自分の人生を選択できる力を持って生きていける世界を創ることです。

現在のNPOでの活動はあくまで期限付きのものと考えています。今後、自分の夢を実現するために新たなステージに進んでいくつもりです。ソーシャルビジネスに留まるか、民間企業に戻るか、自ら起業へと動くかはこれからじっくりと考えていきたいと思います。

まずはかものはしというフィールドで、貧困層の女性の雇用創出に携わっていきたいと思っています。

中野美帆 (26)
経歴:

22歳 大手金融機関にて法人営業に従事

24歳 大手金融機関にて海外のリスク管理業務を担当

26歳 かものはしプロジェクト、NPO法人ETIC.に参画


充実度

充実度: 64点

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インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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