スキルアップ

少数精鋭の企業に所属することで見えてきたものとは?培った営業力を活かし起業家としてダブルワークに励む生活

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学生時代のビジネスサークルでの活動を経て、企業に迎合しないことをモットーに就職活動を行った國府田さん。新卒にて主婦層をターゲットにした人材業界に飛び込みました。営業、営業推進、マネージメント、新規事業立ち上げ、事業責任者など少数精鋭の企業にて8年間のキャリアで培った営業力を武器に、親孝行をコンセプトにした事業を開始。現在はビースタイルにてWワークをしながら、自分の思い描く事業の実現を同時に追求し続ける國府田さんにお話をお伺いしました。

営業の過酷さに翻弄された1年目

まず僕のキャリアのスタートとして、新卒で創業3年目のビースタイルに入社しました。同期は8人です。学生時代は、何もしていなかったことに焦りを感じて、インターンや学生団体の活動に励んでいましたね。ETIC(起業型リーダー育成を目指す、学生のインターンシップ活動を行うNPO法人)や、学生団体に所属するようになり、そこでの出会いや縁が後々かなり重要になっていったと思います。

いわゆるビジネスサークルというものに参加し、そこで「自分が認められている感」を得ることができました。その中で、自分は「誰と仕事をするか」という部分をかなり大切にしていると気付いたんです。当時は明確にやりたいことや志望する業界がなかったので、何をするのかよりも、誰とやるのかのほうが大事なんだなと。

ビースタイルへの入社の契機は、逆求人です。いわゆる企業が学生にアピールをしてくる方式で、面接官が聞きたいことではなく、自分が企業に何を話したいかという基準でアピールする形式をとっていました。当時は「企業に迎合するな」というモットーを持っていました。就職活動を通じて感じたことは、ビースタイルの「人の良さ」ですね。当時は少数精鋭の企業として、組織人として擦れていない、本当に働いてみたいと思う人ばかりでした。

高まる気持ちを胸に入社しましたが、最初は営業に配属されボロボロになりました。飛び込み営業や、既存のお客様のフォローが主な業務で、営業力もなにもなかったので、メンタルがどんどんやられてしまいました。僕は頭でっかちなタイプなので、とりあえずやってみようみたいな仕事に弱かったようです。テレアポとか飛び込み営業はもちろん頭も使いますが、どちらかというとまずやってみるという気持ちこそが営業力みたいなものだったのです。

当時は本当に心が逃げてしまった感じがありました。クレームが入ったら、もうその日休んじゃうみたいな(笑)会社の会議の議題にもあがるレベルだったみたいです。「國府田どうするんだ?」と(笑)

自分の良さが開花し、営業力に花開いた営業全盛期

そんな経緯を経て、夏に営業から干されちゃいました。そして、法人の企画営業部隊に転身したんです。具体的には大企業へのトップアプローチや提案のフォローなどですね。1年目の秋くらいでしょうか。この仕事のほうが性に合ってたんですよ。もともと考えや意見をまとめるのが得意で、少しずつ実力をつけました。

その部署は上司が1人しかいなくて、2年目の夏には、自分ひとりで企業にプレゼンできるくらいになりました。まさに飛躍の年というわけです。その時の上司は、途中で新規事業の立ち上げに移動してしまったので、その後部署内は自分だけになりました。2年目の後半は、マネージャーを指導できるまでになり、3年目に入ると、営業推進やKPIの設定、ツールの作成などの業務を任されるようになりました。営業プロセスを科学し、仕組みをつくっていくという仕事に魅力を感じたようです。

1年目の時の苦悩や、実際に社会に出て知った働くことの大変さといった部分がかなり自分の仕事に影響を与えたと思います。イキイキと仕事をすることが学生団体時代からのビジョンであったのですが、当時はそのことを深くは理解できていなかったですね、当時は働いていない状態だったので(笑)。でも自分の経験を通して、その思いがより強くなっていきました。

ビースタイルは、人材派遣といっても、単純に企業に人を入れるという訳ではなく、まずコストの分析からはいって、業務分析を行い、ストーリーを作成し提案します。現在はかなりオフィスでのパートが定着していますが、当時はそうでもなかったので苦労しました。

2、3年目のときは、この少数精鋭の企業でとにかく実力をつけたい、営業力をつけたいというのが毎日のモチベーションでした。なぜかというと、自分のやりたいことを表現したいと思ったときに、選択肢を持ちたいなと。そのためにはまずマネージャーになりたい、そして自分で事業を起こしたいなど、出世意欲がかなり強かったです。

そんなとき在宅事業を始め、それ自体は1年半続けました。年商もそこそこ、長期的にみればかなりの伸びしろを見込んでいましたので、自分的にはもっともっとやっていきたいなと思っていました。ただ、会社の方向性もあり、主軸事業に戻って欲しいという要望があって、そこで少し考える部分がありました。

自分のやりたいことと、会社のやりたいことは必ずしも合致しないのだなと思うようになって。会社はあくまでオーナーのものなので、その狭間でもやもやしていました。そして、こうなったら自分で創るしかないなと。丁度そのとき、知り合いからヘッドハンティングされ、転職することを決めました。

複数の少数精鋭の企業での働きを経て、「つくること」が好きな自分に気付く

次に入ったのは、元大手経営層などのエグゼクティブシニア人材と中小企業のプロジェクトマッチングを図るコンサルティング事業でした。こちらはビースタイルと同様に少数精鋭の企業。

新天地にて、新しいスタイルの営業力が身に付いたり、事業領域での学びもたくさんありました、そして何よりも全く強みの異なる組織を肌で体感できたりなど、振り返っても一度転職して良かったなという思いが強いです。

事業が急拡大していく中で、自分もコンサルティング営業という立場でそれなりにやりがいはあったのですが、やはり自分自身で0から起業をしたいという思いも強まっていました。そんな中で、現在も続けている事業を始めたのですが、実はこれはあくまで偶然なんです。

ビースタイル時代の後輩や同期との会話の中で、アメリカで流行っていた、サブスクリプション型の通販モデルに出会い、可能性を感じたんです。定期通販を日本でもやったらどうかな?と。どうせやるなら、「組み合わせ型」でやりたいなと思いました。そこで、「GIFT FOR」を思いついて、その相手が「ME」であったり、「LOVERS」であったり、「FAMIRY」であったり、その中でも特に「PARENTS」に注目しました。親孝行という、ターゲットの絞り込みをしたんです。今までBtoCのビジネスは経験がなかったし、食のセレクトであったり、マイスター探しであったり大変なことも多かったです。

ですが、少しずつ形になり始め、ゆくゆくはもっと大きな形としてちゃんとしっかりした事業にしていきたいという気持ちも高まっていきました。そんなとき、定期的にビースタイルの社長と食事をする機会があったのですが、彼に実務コンサルとして会社に戻ってこないかと言われました。事業の立ち上げは優先して良いとのことで、週に3回ほどの勤務を頼まれて、承諾しました。

親孝行サービス、bondの立ち上げ

そこからは、週に3回定時まで働きながら、自分の事業と両立して週に7日働いていました。親孝行というコンセプトを掲げ、逆仕送りという概念を形にしたbondという月額制のサービスを生み出しました。プレゼントを贈り、サプライズを提供することで、家族間のコミュニケーションのきっかけが生まれていったらいいなと思って。忙しくてなかなか時間がとれない人や、普段母の日などの記念日を忘れがちな人をターゲットに、免罪符的な役割として使ってもらえたら良いなと。仕入れや商品のルート探し、セレクトを行うマイスター探しなどに奮闘しました。

50人くらいにインタビューして、ヒアリングを行い、1か月や3か月など頻度も選択できるようにしましたね。ちょうどそのときX-garden(起業家を目指す人々のシェアハウス)での紹介ページにて、僕のプランが紹介されていて、そのページをみたNHKの方に目をつけてもらえたんです。電話を頂いて、親孝行特集としてインタビューを受け、その放映のおかげでこのサービスを世の中に知ってもらうことができました。

しかし、もともと親孝行をしている意識がある人であったり、親に感謝の気持ちを抱いていなかったりする人だと、このサービスは意味を持ちません。退会率は低いけど、新規開拓率もかなり低くて少しニッチすぎたのかなと思います。2年とちょっと継続していますが、これ一本では食べていくことはまだまだです。

「Want」商品を扱う難しさを痛感しました。「いいな」と思うものと、実際に「使いたい」商品は別物なのだと感じました。感謝の気持ちはあるけれど、それを形にできていない人達を狙ったサービスでしたが、潜在層を掘り下げることの難しさを実感しました。「文化を創る」作業に近かったのかなと感じてます。親孝行というコンセプトを片手に突っ走ったので、ビジネスモデルとしてはかなり博打で。

この事業を通して、BtoCではなくBtoBにすれば、ありなんじゃないかと思うようになりました。顕在化しているマーケットを攻めた方がもっと可能性が広がるのかなあと。とはいってもまだ1つしかサービスをつくりあげてはいないし、まだまだたくさん何かをつくっていきたいです。在宅事業ときからですがフリーランスに可能性を感じていますし、webの可能性なんかに惹かれてもいます。

現在は、これまで培った営業力だけではなく、もっとwebスキルを磨き、経験を積みたいと考えています。働き方としては、ビースタイルにおいてWeb開発のプロマネを担当し、スーパーエンジニアとのプロジェクトなどを任されています。独立して起業したことで感じたことは、自分自身がオーナーであることのこだわりよりも、「世の中に新しい価値を創っていくこと」が自分にとって大事なんじゃないかなあと。

自分は代表に向かないかもしれないとも感じたし、自分の器が会社や組織に引っ張られていってしまうなとも感じました。仮に自分が創る会社においても、これまで自分が所属してきた組織のように、少数精鋭の企業を目指したいですが。

今は最終形態ではないのだなと思います。まさに、セカンドモラトリアム期が到来している状態です(笑)なので、これからの事業について考える際には、別会社に入るという選択肢もありですね。もう一度自分のやりたいことをじっくり考える時期なのかもしれません。

kunifuda
國府田 嘉昭 (32)
経歴:

大学卒業後 株式会社ビースタイルに新卒一期生として入社

29歳 起業をステップとしてコンサルティング会社に転職

30歳 ビースタイルにコンサルティングとして復帰しつつ、自分の事業をスタート

現在 起業家として事業拡大をしつつ、ビースタイルにてダブルワーク


充実度

充実度: 77点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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