やりたい仕事へのチャレンジ

魅せられたウェディングプランナーの仕事。新しいウェディングスタイルの創造へ

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凛として。末廣さんの立ち居振る舞いは、まさにそんな印象を抱かせる。延べ16年の一流ホテル勤務を経て、現在は新しいウェディングスタイルを提案するウエディングプランナーとして活躍する末廣さんに「生き方」について伺いました。

「ホテル」とは私にとって特別な場所

子どもの頃、両親の結婚記念日のお祝いにと、ホテルのレストランで家族そろって食事をしました。そこで目にしたホテルの華やかな光景がすごく印象的で、子ども心にいいなあって思いました。それからは街に出ても何となくホテルが気になり、立ち止まって外観をじっと眺めたりするようになりました。

高校卒業までは大分の実家で育ちました。ずっと親元にいたためなのでしょうか、何かに縛られているような窮屈さを感じていましたね。

将来について迷いはなかったです。子どもの頃感じたホテルへの憧れをそのままに、ホテルで働くと決めていましたから。そして高校卒業後、実家を離れて数多くのプロホテルマンを養成している福岡のYMCA専門学校に進学しました。

専門学校ではたくさんの専門知識を学びました。一流ホテルの現役ホテルマン、有名ソムリエなど、業界トップの外部講師の方から、接客、経営などあらゆる専門知識を教えていただきました。

ウェディングプランナーになる前に感じていた空気感

専門学校に進学後から、料亭でウェイトレスのアルバイトを始めました。なぜこの仕事を選んだのかというと、着物を着られるからです。ずっと着物を着てみたいという憧れを持っていましたが、日常で着物を着る機会などほとんどありません。料亭ならばユニフォームとして着物を着るわけですから、着付けも学べてさらにお給料もいただける。最高じゃないですか。

専門学校で学んだ2年間でもっとも印象に残っているのは、ヨーロッパへの海外研修ですね。各国の一流ホテルを視察して回ったのですが、それぞれに個性があり、また日本とは異なる独特の風情がありとても勉強になりました。それからはプライベートでも海外旅行に行くようになりました。旅行とは言ってもメインはホテル巡りで、カフェやラウンジに座ってゆったりとくつろぎながら、その雰囲気を楽しんでいました。

国内、海外の一流ホテルの数々を見て感じたのは、独特の空気感があることですかね。そこにいるお客様の質とか、空間に漂う雰囲気などすべてが違います。たとえばスタバにはパソコンを開いて勉強する学生がたくさんいるけれど、ドトールにはいないみたいな、同じカフェでも集まる人の質が違う。一流ホテルはそういう部分も含めてすべてが一流なのだなと感じました。

ウェディングの仕事を通じ、お客様から学んだ大切な気持ち

専門学校卒業後は、福岡のホテルニューオータニ博多に就職しました。配属されたのは宴会予約課です。ホテルで執り行われるイベント関連すべてを管轄する部署で、ホテルでは花形部署と言われています。

専門学校でしっかり学んできたつもりでしたが、やはり実践は違いましたね。特に基本マナー、言葉遣いには苦労しました。頭では理解していても自然な振る舞いとして身に付けるまでには結構な時間がかかりましたね。

入社から2年間はパソコン担当として主に事務的な仕事をしながら、ホテルの業務について覚えていきました。そして3年目から婚礼・一般宴会を担当するようになり、主に婚礼を担当しました。

私が担当したお客様で、今でも忘れられない方がいらっしゃいます。このお客様からは大切な気持ちを教えていただきました。

私が担当させていただいていたあるご夫妻が、鏡に手掘りのメッセージを入れたウェルカムカードを作られ、会場に置かれることを希望されました。ホテル側でそちらをお預かりしたのですが、式の直前になりその鏡のウェルカムカードが割れてしまったとの連絡が入ったのです。
「いったい誰が割ったのですか」
私は思わず声を荒げてしまいました。すると上司から、「それは重要な問題ではないでしょう。まず対応について考えましょう」と言われました。
お叱りを覚悟でお客様にそれを伝えると、お客様はこうおっしゃいました。
「どなたかお怪我はされていませんか?」
人生の晴れ舞台のために、二人で思いを込めて作った大切なものが壊されたのに我々を先に心配するなんて、なんという人たちだろうと感服してしまいました。

すぐに業者の方を呼び、割れたウェルカムカードを復元しました。お客様に見ていただくと、
「ここまでしていただけて恐縮です」と感謝の言葉をいただきました。
その後上司に呼ばれ、「今回大きなトラブルにならずに済んだのは末廣さんのおかげです。あなたがずっとお客様に誠意を込めた対応をして、信頼関係が築けていたからですよ」と言っていただきました。私はすべてのお客様の思いを受け止める仕事をしているのだなと改めて実感しました。

あなたの夢は何ですか?ウェディングプランナーを目指すきっかけ

入社から8年間ずっとウェディングの仕事を続けてきましたが、次第にキャリアへの不安が募ってきました。チームリーダー以上のポジションを目指しても、そのモデルとなる女性はいませんでしたし、転職したとしても状況が変わるとは思えません。ならば、いっそ結婚して普通の主婦として暮らすほうがいいかもしれないとも考えました。

そんな時、ニューヨーク在住の友人から「こっちに来ない?」と誘われました。日本を離れたら、ひょっとして何かが変わるかもしれない。ニューオータニを退職し、2年と区切りを決めてニューヨークに渡りました。

渡米した時点では先のことは何も考えていませんでしたね。とりあえずアルバイトを探し、5番街の寿司屋とウェディングサロンで働き始めました。寿司屋ではウェイトレスとして雇ってもらったのですが、いきなりお店からの給料はないよと聞かされビックリ仰天!収入はお客様からのチップのみだったのです。つまり、いいサービスをすればチップを弾んでいただけるし、悪ければそうはいかないと。なるほどサービスの質が収入に直接反映されるのかと思いました。他のウェイトレスの仕事振りを見ると、店側の指示があるわけでもないのに客の回転率を上げようといろいろ工夫しているし、チップを弾むお客さんにはとことんサービスする。チップという習慣のある国ならではの上手いやり方だなと思いました。

2年間のニューヨーク生活で、これぞアメリカと思った出来事があります。出会うアメリカ人は必ずと言っていいほど、遥々日本からニューヨークに来た目的と夢について聞いてくるのです。
「特に目的があって来たわけじゃなくて、ここで何かが変わるかもしれないと思ったから」そう答えると、皆それは理解できないという表情をするのです。

自分の夢、目標を持たなきゃいけない。そう強く思いました。

西洋銀座を経て、ウェディングプランナーへの想いが高まる

やはり自分がやりたいのはウェディングの仕事。そう決意を固めました。ニューヨークを離れた後、短期間のパリ滞在を経て帰国。そして知る人ぞ知る超高級ホテルの西洋銀座に入社しました。

ホテル西洋銀座は創業者の堤清二氏が自分の理想とするホテルとして設立したホテルで、あらゆるところに創業者のこだわりが満ちていました。たとえば、宴会用のお皿でも1枚3万円のものを使い、お客様一人に対してワンセット20万円以上の食器が用意されるのです。調度品のどれをとっても厳選された高級品で、すべてが超一流でした。ご利用されるお客様には世界のセレブの方々も多く、西洋銀座らしさを愛される方々ばかり。私たちスタッフもそれにふさわしい品格が求められました。私自身、西洋銀座にふさわしい価値ある人間であろうと心掛けました。

西洋銀座勤務の傍ら、ボランティア活動にも携わりました。フェアトレードにも関わり、より社会的な視点から自分に何ができるのかを考えるようになった気がします。さらに長年ウェディングに携わってきて大きな疑問も感じていました。それはお客様側の選択肢が限られていること。業界が設定したプラン、価格及び会場が契約する業者からしか選べない不自由さを何とかしたいと思いました。時代に即したウェディングスタイルがあるのではないか、そういったウェディングスタイルを提案できるウェディングプランナーの仕事こそ自分がやりたい夢ではないかという思いが強くなっていきました。

西洋銀座入社から8年目、経営上の問題からホテルの閉鎖が決まりました。この出来事がウェディングプランナーで起業するという動きを加速させたと思います。この以前から、将来に役立てばとファイナンシャルプランナーの資格取得の勉強を進めていました。お金の管理、資産運用、人生設計などの重要性を再認識し、ファイナンシャルプランナーと新しいウェディングスタイルを提案するウェディングプランナーの仕事を融合させた新しいサービスを構築したいというプランを持っていました。

国内の一流ホテルなどから引き抜きのお話しもいただいたのですが、ウェディングプランナーで独立の道を選びました。2011年7月からプライベートサロンを主宰。このプライベートサロンはいろんな講師を呼んでイベントを企画するサロンでした。その後2012年 Cennsを設立し、2015年からは和風アフタヌーンティ及び着付けサロンの巴扇を開始しています。

ウェディングプランナーとして独立

私たちが進めているのは、ウェディングに掛かる経済的負担を軽減するための提案、社会貢献とウェディングを融合させたソーシャルウェディング事業、個人ウェディングプランナーの経営支援事業、そしてファイナンシャルリテラシー向上のための活動です。
充実した日々を実感すると同時に売上を立てる難しさも感じています。しかし、経営者として逃げない覚悟を持っています。
今後は、ウェディングプランナーと和の活動両方をしっかり基盤に乗せたいと思っています。

ウェディングプランナーになるには

編集後記:ウェディングプランナーとはウェディングのプロです。近年、結婚への価値観が多様化しニーズが細分化されています。ウェディングのスタイルは多種多様で、東京タワーウェディングやスカイダイビングウェディングなど幅広くとり行われています。多様なニーズに応えるための存在がウェディングプランナーです。そんなウェディングプランナーになるには大きく3つの方法があります。

  • ブライダル系専門学校に進学しホテルやウェディング会社へ就職
  • 一般の専門学校や大学からホテルやウェディング会社へ就職
  • ホテルやウェディング会社へ就職・転職

今後、細分化されたニーズを実現させる為にウェディングプランナーというポジションは、どんどん重要になってきます。相手の事を思い、おもてなしの心を第一に考えられる末廣さんのような方にはウェディングプランナーという職業は非常に向いています。ウェディングという夫婦の第一歩をファイナンシャルプランナーというスキルを活かし将来設計まで考えながらプランニングを行う末廣さんをこれからも応援しています。

末廣さん
末廣ともえ (42)
経歴:

ホテルニューオータニにて宴会予約担当後、渡米生活を経て西洋銀座へ勤務。

現在は独立しウエディングプランナー、着付けサロンを展開。


充実度

充実度: 83点

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