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普通の主婦がMBAを取得。やりたい仕事に出会うまで

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普通の主婦だったという鈴木さん。家計のために働きはじめた彼女が、様々な人との出会いに刺激を受けた結果MBAを取得するまでに。いまワーキングママのための家事代行サービス会社を牽引する鈴木さんに、そのユニークな生き方を伺いました。

主体性を持って生きること

神奈川県の鎌倉市に生まれ育ち、幼少期から小学生まではずっと活発でお転婆な女の子でした。しかし中学生になるぐらいから、他人から見た自分がすごく気になるようになってきました。目立つことを控えるようになり、授業中に手を挙げて発言することもなくなりました。きちんと勉強はしていたので答えはわかっているのですが、クラスメートから「わかっているアピールをしている」と思われるのが嫌でした。かなり無理して自分自身を抑圧していたと思います。

高校に進むと、そんな考え方は間違っているということを思い知らされます。

得意の英語を学ぶために選んだ学校でしたが、日本の一般的な高校にはない生徒の自主性を重んじる教育方針を貫いていました。生徒には帰国子女が多く、国際感覚を持った生徒がたくさんいました。一人ひとりの個性を育むことを重視する教育で、意見を発表しない者は評価すらされません。中学までとは180度違う環境に当初は戸惑いを感じましたが、自分を殺すことは間違いだということに気づくことができたとき、何かが変わった気がしました。

私の父はいわゆる商人で封建的な考えの人でした。「家庭を守ることこそが女の役目」と公言する人で、私が大学に進学することには否定的でした。しかし、高校生時代に培った主体性を活かし、進学させて欲しいことをきちんと説明することで父にも理解してもらい、(経済的な事情もあり四年制の大学には行けませんでしたが)なんとか短大に進学することができました。

短大に進学してから仲の良い友達はできましたが、女同士のグループでべったりという関係があまり好きにはなれませんでした。そのころには、中学生時代に自分のアクティビティに歯止めをかけていたことがまるで嘘のように、一人でも興味があることには色々チャレンジするようになりました。そうなれたのはやはり高校の教育方針が、私の持ち前の活発さの重要性を再認識させてくれたからではないかと思います。
 

就職、結婚して主婦に、そして再就職

短大卒業後、某有名ホテルに契約社員として就職しました。もともと接客の仕事がしたいとずっと思っていて、ホテルこそが接客の頂点であると考えていたからです。親はホテルで働くことには反対でしたが、それを押し切って入寮しました。勤務時間が朝6時から午後3時まででしたので、午後はテレアポのアルバイトを並行してやりました。

入社から半年、そろそろ仕事にも慣れてきたかなというころ、交際していた男性との結婚が決まり、専業主婦として家庭に入ることになりました。

順調な結婚生活を送り、2人目の子供を授かった2003年のこと。夫は外資系企業に勤務していたのですが、その日本支社が閉鎖となり、突然失業してしまいました。すぐに再就職できるから大丈夫と楽観視していたのですが、なかなか就職先が決まりませんでした。蓄えも減り、いよいよ私が働かなければという状況に追い込まれてしまいました。

派遣を中心に就職活動をはじめたものの、最低3年以上の実務経験が必要と言われ、半年間のホテル勤務経験だけという経歴ではいい仕事は見つかりませんでした。いくら英語力に自信があると言ってもそれだけでは足りず、小さな子どもたちを保育園に預けており、土日休み残業なしという条件を希望したため、なおさら就職は難航しました。唯一、経験が活かせて勤務条件が合うのがKDDIのコールセンターの仕事でした。藁にもすがる思いで応募したところ、何とか採用が決まりました。

コールセンターでの仕事は楽しかったですね。外国語マニュアルの作成や、顧客対応の上手さを買われ、新人研修のトレーナーも任されました。他のトレーナーが担当してもなかなか仕事が覚えられなかった新人さんでも、私が担当するとすぐ戦力化させることができました。焦らせないこと。本人にやらせて気付かせること。そして見守り続けること。主婦時代に「教え過ぎると人は育たない」ということを子育てを通じて学んでいたので、それが役に立ちました。

仕事を通じてもっと成長したいという思い

コールセンター勤務も3年を過ぎた頃、職業訓練校にて無料PC講座が受講できることを知りました。体力的にも楽で、長く働き続けられる事務職を希望していたので、実務経験3年プラス一定のPCスキルがあれば転職が可能なはずと考え、コールセンターを退職し職業訓練校に入りました。3ヶ月間の勉強で、PCスキルは実務でもかなり使えるレベルになりました。

職業訓練校を卒業後、派遣社員として秘書の仕事に就きました。カタール国営企業とアメリカ大手企業との合弁会社で、ガスプラント建設を手掛けるプロジェクトの外国人マネージャー付秘書です。書類のハンドリング、スケジュール管理、プライベートのサポートなど秘書業務全般を担当しました。

英語力、コミュニケーション能力、PCスキルなどあらゆるものが活かせたと思います。何よりも、社会に出ることの楽しさを実感できました。充実した日々に何の不満もありませんでしたが、ある若手役員からこんなことを言われました。

「ところであなたはいつまで秘書でいるつもりですか?もっとあなたの力が発揮できるいい仕事があるはずですよ」

「もっといい仕事と言っても、私は普通の主婦ですし、学歴がありませんから」

「今から学べばいいでしょう。もっと上を見るべきです」

その後、数人から「秘書にしておくにはもったいない」と言われ、その気になりました。そうだ、もっと自分の可能性を広げるべきだ。そう決心し、MBA取得を目指すことにしました。私は短大卒のため大学院の入学要件を満たしていませんでしたが、グロービス経営大学院で試験をパスすれば入学できることを知り、試験を受け無事合格。子育て、仕事、MBAと3つのことをこなさなければなりませんでしたが、夫が協力を快諾してくれました。こうして新たな学びへと進みだしたのです。

やりたい仕事へのチャレンジ

グロービスで出会った人たちは、私が過去に出会ったことのない優秀なビジネスパーソンばかりでした。そんな人たちの話を聞くだけでも大きな刺激になりましたね。

グロービスの講義の中で、パーソナルミッションとして自分のビジョンをエッセイとして発表することになったのですが、これまでの自分の経験も活かせると思い「家事を代行する企業を立ち上げたい」というミッションを発表しました。その実現に向けての研究をするため、家事代行サービスで既に起業していた女性を紹介していただくことになりました。その女性こそが現在の私のパートナーである和田さんです。

実際に和田さんとお会いしてみると、私が考えていたことをすでに具現化されていて、共感する部分がたくさんありました。さらに私が不得意とするIT分野にも精通されていて、この人にはとても勝ち目がないなと思いました。サービスインしたばかりで将来性が豊かであり、何よりも魅力的なチームメンバーがいる。ぜひこの人達と一緒に仕事をしてみたいと思いました。

「一緒にやりませんか?」

そうアプローチしてみましたが、明確な返事はいただけませんでした。考えてみれば当然ですよね。普通の主婦で、何ができるかもわからない人間を簡単に受け入れてくれるはずはありません。

「じゃあトライアルとしてやってみます?」

まずはインターン的な立場としてタスカジに参加させてもらえることになりました。参加当初はお客様へのマーケティング活動や、ハウスキーパーの採用などを担当しました。タスカジには多数の外国人ハウスキーパーが登録しているので、私の英語コミュニケーション力は重宝されました。また、マーケティングにおいても自分自身がターゲットとなる当事者であることから、ネットワークを広げやすく、行動力も評価していただきました。

2015年1月に参加してから3ヶ月ほどは秘書の仕事と並行しながら活動していたのですが、タスカジの業務が多忙となったため4月よりこちらに専念することにしました。

タスカジでの仕事も評価していただき、現在は共同創業者の位置づけで採用業務に専念しています。獲得コストをできるだけかけないで、いかに質の高いハウスキーパーを登録者として採用するかがテーマです。

私自身が普通の主婦だからこそ、お客様の気持ちが一番理解できます。パートナー同士がお互いの強みを最大限発揮し、ハウスキーピングサービスが当たり前の世の中を実現し、ワーキングママたちが社会で存分に力を発揮できるようお役に立ちたいと思っています。

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みほこさん
鈴木美帆子 (36)
経歴:

21歳 ホテルのレストランスタッフ

24歳 電話受付契約社員

28歳 Rasgas秘書

36歳 タスカジ共同経営者


充実度

充実度: 83点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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