スキルアップ

起業で失敗。そこで得た起業において最も考えなければならないこと

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自分が面白いと感じたことをやる。それが新井さんのモットー。多彩な経歴を持つアイデアマンの彼は、起業して失敗した苦い経験を持つ。そんな新井さんのこれまでとこれからをじっくりお聞きしました。

楽しいからやる

中学、高校と陸上をやっていました。種目は1500メートルです。私の通った高校は全国クラスの陸上強豪校で、部員のほとんどはスポーツ推薦組。レベルは相当高かったですね。どれだけキツイ練習でも食らいついていったことで、かなりの集中力が養われたのではないかと思います。

卒業後は千葉の東邦大学に進学。本当は国立を目指していたのですが、センター試験で失敗してしまいました。

大学では陸上はやらずにサッカーと軽音楽のサークルに入りました。特に音楽のほうにハマりましたね。バンドを組んでギターを担当しました。ジャンル的には、最初はモンゴル800とかパンク系、徐々にRed Hot Chili Peppersに傾倒するようになりました。

大学生活の後半になって、友人と2人で音楽系のWEBサービスを立ち上げました。ちょうどMacOS10用の音楽制作ソフトGarageBandが出たころです。WEB上にて複数の人間がコラボしながら曲を作っていけるもので、これは面白いと思いました。賛同してくれる人も多く「こいつはイケる」と思ったのですが、まったく流行りませんでした(笑)。 それでも、そこで知り合ったミュージシャンたちを集めてイベントを開催したところ300人以上を動員。大盛況でした。

サービスのアイデア自体は間違いなく面白かったのですが、如何せん使い勝手が悪かった。デザインや機能性をきちんと考えるべきでしたね。

大学では情報科で学んでいたのですが、プログラミングなどには全く興味がありませんでした。しかし、WEBサービスの立ち上げがきっかけでプログラミングも面白そうだと思いはじめました。

WEBサービスをやっていくには結構なお金がかかりましたが、資金はアルバイトで何とかしました。探した中でもっとも高収入だったのがクレジットカードの勧誘で、卒業までずっとこれで稼いでいました。街に出て、店舗のイベントなどで道行く人に声を掛けてクレジットカードの契約に誘うのですが、これが意外と自分に向いていました。

とにかく声を掛けまくって、最初の反応で見込みを判断。いけそうだと思えれば、あとは相手の話をうまく引き出しながらコミュニケーションを深める。学生ながら、営業のコツみたいなものを自然に掴んでいたのでしょう。

楽しかった学生時代はあっという間に終わり卒業。大学院に進学し「文字認識」の研究の道へと進みました。大学院に進んでからも、WEBサービスは継続していました。

人は選択を繰り返し生きていく

大学院卒業後、人材派遣会社に社内SEとして就職しました。新規事業部としてIT戦略部を立ち上げるので、是非そこで力を発揮して欲しいと言われ、入社を決めました。この会社ならいろいろチャレンジできそうだなと感じました。仕事は事業所内のインフラ環境の整備と営業サポート。新規事業としての立ち上げから、インフラ回り、グル―プウエアの管理、バックアップ関連などいろいろやらせてもらいましたね。

入社から3年目を迎えたあたりからですかね、そろそろ新しいことにチャレンジしたいという気持ちが湧いてきました。大学時代に手掛けたWEBサービスのことが忘れられなかったのでしょうね。それなりにお金も貯まっていたので、思い切ってデザイン学校に入ろうと決意しました。

デザインの基礎からはじめて、1年間グラフィックデザインを勉強しました。デザイン関連のイベントなどにも積極的に足を運び、手製の名刺を配りまくって人脈を作っていきました。あるトークショーで有名デザイナーの方と親しくなり、一緒に仕事をしないかと誘っていただきました。結局、一緒に仕事はできなかったのですが、とてもいい経験になりました。

失敗できない仕事、失敗して成長する仕事

その後、知人の紹介でレーザー溶接機製造のメーカーに就職しました。人材派遣会社ではインフラ回りを経験したので、次は是非フロントをやりたいと思っていたのですが、この会社が課題としていたことがピッタリとマッチしていたのです。この会社、メーカーとしてはとても優秀な技術力を持っているのですが、営業が強くない。まずWEBでの集客を何とかしたいということで私が採用されたのです。

SEO対策としてありとあらゆることをやりました。今ではできないこともまだ許された時期でしたので、外部リンクを増やしたりとか、サイトのコンテンツを充実させたりとか、思いつく限りのことをやりましたよ。その結果3ヶ月後には主力製品のキーワードでSEOのTOPに。大手メーカーを抑え、WEBからの引き合いが増えていきました。

インフラの仕事は失敗できないけれど、フロントの仕事はトライ&エラーを重ねて結果を出していくことなのだなと思いました。SEO対策が一通り完了したところで営業も任されるようになりました。やってみると実は営業こそが向いているってことになるわけですが。

連日北海道から沖縄まで、全国を飛び回っていました。営業成績は良かったです。SEO対策を施してから問い合わせが急増し、営業自体飛び込みではなくインバウンド営業が基本でしたから最初のアプローチは楽でした。営業なんて断られるのは当たり前、数を回ってなんぼと思っていましたから、日々落ち込むことなどなかったです。

自分の営業の特徴と思えるのは、自社製品だけを売り込まなかったことですかね。お客さんの現場には高いスペックの溶接機は必要ないと思えば、他社の中程度のスペックのものをあえて薦めていましたし、他社を貶めるようなことは口にしませんでした。

その後課長へと昇進し、海外輸出を任されることになるのですが、別の大きなチャンスが訪れることになります。

起業で失敗。そこで得た教訓

営業の仕事と並行して、週末にNPO主催の起業体験イベント、スタートアップウイークエンドに参加していまして、そこでチームを組んだ静岡在住の方と親しくなりました。その方の仲間も交えて起業への思いを語り合いました。

その後、オープンネットワークラボのインキュベーションプログラムに私たちの「リアルタイム性の高い情報配信システム」のプランが採択され、投資を受けビジネスのスタートアップを行うこととなりました。そこを契機に会社を退職し、本格的に起業へと向かうことにしました。

出資を受けたあとは、3ヶ月後に立ち上げた事業の公開デモを行い、出資者たちに投資するかどうかを判断してもらわなければなりません。仲間たちと3ヶ月間悪戦苦闘しながらカタチを作っていきました。

自分たちとしては面白いものができたと思っていたのですが、結果的にファイナンスの部分で上手くいきませんでした。創業段階でのファイナンスの失敗は大きく、最終的にチームは解散することとなってしまいました。完全に私の起業は失敗したと思っています。

そして現在、フリーのコンサルタントとしてアプリの開発やWEBマーケケターとして活動しています。これまでの様々な経験を活かし、少しでも力になることができればと思っています。

もちろんコンサルタントがゴールではありません。起業に向けて、アイデアのストックはありますから、またチャレンジしますよ。

友人が言っていたことでとても印象に残った言葉があります。「果たして、その事業は他人の金を使ってでも成功させたい事業なのか?」

今回の起業の失敗から私が一番考えさせられた問いといってもいいと思います。これから起業される方は、同じ失敗をしないためにも是非この問いに向き合ってみてください。

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新井昌也 (33)
経歴:

24歳 人材派遣会社に就職

30歳 中小企業製造業にてマーケティングに従事

31歳 営業に異動

32歳 新サービスにて起業

33歳 フリーランスとして独立


充実度

充実度: 75点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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