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マーケティング・プロモーションの仕事を辞めてチャレンジ。もう30歳と思うか、まだ30歳と思うか

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「30歳で突出した実力を持つ人材となる」仕事でそんな目標を持ち続けてきたという丸山さん。30歳での2度目の転職の際、彼女はすべてのキャリアを捨てゼロからの仕事のチャレンジを選択しました。「プロモーションのプロ」としてのキャリアを捨ててまで丸山さんがチャレンジしたかったことは何かお聞きしました。

マーケティング・プロモーションという仕事の面白さ

私の社会人人生のスタートは、2007年4月に新卒で入社した国内最大手のゲーム会社からでした。入社から3年ほど開発事務として勤怠管理、経費管理のほか、開発のサポート業務全般を担当した後、海外マーケティング部門に異動。約2年半の間、中国、台湾、シンガポールなどのアジア諸国向けプロモーションを担当しました。

入社5年目を迎え「アジアの次は国内マーケティングを手掛けてみたい」そんな想いが強くなり会社に異動を願い出たのですが希望は叶わず、チャンスを求めて外資系化粧品メーカーに転職。約3年間、大衆向け化粧品の店頭プロモーション業務を担当しました。そして2015年2度目の転職を果たし、現在は大手情報サービス系企業にて勤務しています。

振り返ると、最初の転機となったのは社会人4年目の海外マーケティング部門への異動でしょうか。適性を見ての配属だったとは思いますが、開発事務の仕事は対外的な折衝もなく刺激に乏しい仕事でした。開発の現場を横目で見ていると、自分も企画・開発がやりたいという想いが募るばかりでした。

自己申告で開発への異動を願い出てから1年、ようやく異動が決まりました。しかし配属先は開発ではなく海外マーケティング部門。「今後のために海外を見ておくのもいいと思うよ」という上司の一言に背中を押された感じですね。異動したタイミングはちょうどアジアマーケティングの見直しを進めていた時期でもあり、私は中国、台湾、シンガポールなど東南アジア諸国へのプロモーションを担当することになりました。

一括りに東南アジアと言っても、国ごとにまったく背景が異なるのは面白かったです。たとえば親日度の高い台湾では国内仕様の製品がそのまま受け入れられやすく、シンガポールでは教育の視点を取り入れたゲームでなければ支持されないのです。また海賊版が横行する中国で正規品を売るためにはどうすべきかなど、考えなければならないことがたくさんあり面白かったですね。マーケティング・プロモーションの仕事は自分の適性に合っているかもしれないと思いました。

海外マーケティングから国内マーケティングへ

入社5年目、自分のキャリアについていろいろ考えるようになりました。
今の自分は果たして社外でも通用する人材なのか。
2つの部署を経験して一人前の社会人となった今、次にどんな実績を残すのか。

次は国内マーケティング・プロモーションがやりたいと思っていたので、再び自己申告で異動希望を出しましたが受け入れられず。ならば外に出るしかないと判断し、転職することにしました。

プロモーションのキャリアが活かせて国内マーケティングが出来るならば業種は絞らない。その条件で転職エージェントから紹介されたのが外資系化粧品メーカーでした。海外発で日本のマーケティングというこれまでと逆のアプローチというところと、化粧品という身近なアイテムを扱うところに魅力を感じ入社を決めました。

入社後は大衆向け化粧品の店頭プロモーション担当の部署に配属となりました。前職との違いはマーケティングが商品や媒体ごとに細分化されているということ。個人の裁量の幅は広く、トライ&エラーが許されるのは魅力でしたね。個人の裁量に委ねている反面、各個人のノウハウが共有・蓄積されていないという弱点も感じられました。

転職エージェントとのカウンセリングで、「まず2年間がんばってみてそこでもう一度キャリアを考えてみてください」とのアドバイスをいただいていました。入社から2年が経ち、30歳を目前にしてそろそろ仕事の第2の分岐点に差しかかっているなと感じました。直属の上司は35歳でマネージャーに昇進し、現在40歳。

マネージャーとしてどこまで権限を持っているかと言えば、あくまで限られた裁量の範囲ないでしかない。自分が決定権を持つには、さらに3つは上のポジションまで登らなければなりません。これでは「30歳を超えたら仕事で突出した実力を発揮していく」という目標は果たせないと思いました。そして再び転職の道を選ぶことにしました。

30歳を超えても挑戦。仕事のチャレンジに年齢など関係ない

2度目の転職活動は思った以上に厳しいものでした。マーケティング・プロモーションのキャリアが活かせることを最優先に選考を受けていったのですが、年齢で断られることも多くなかなか転職先が決まりません。30歳の女性と言えば、一般的には結婚・出産を経験し、子育てのために仕事を離れている方も多いと思います。私のような独身女性が30歳という年齢で転職する場合、仕事で突き抜けた能力を持たなければ採用されにくいようです。企業としては、採用候補2名が能力的に大差なければ若い人を採用したいのは当然です。

厳しい状況ではありましたが、転職エージェントのサポートを得ながら就職活動を続け、なんとか大手ゲーム・アミューズメント系企業と、大手の情報、出版、人材系企業グループの2社から内定をいただきました。ゲーム・アミューズメント系企業はアジアマーケティングの仕事ということで、これまでのキャリアを活かせる希望通りの仕事でした。しかし熟慮した結果、もう一方の情報、出版、人材系企業のほうに入社することにしました。

こちらは応募の段階では広報系の仕事ということで話を進めていただいたのですが、途中から事業開発系の仕事に欠員が出たためそちらでどうかというお誘いをいただいていました。多くの起業家を輩出していることで知られるこの会社は組織の流動性が高く、このタイミングを逃したら次はないなと思いました。事業開発部門でビジネスの流れを近くで見られるなんて2度とないチャンスだと思いましたし、何よりも面接での「30歳という年齢は仕事でまだまだ新しいことにチャレンジできる年齢ですよ」という言葉が決め手となりました。これまでのキャリアを捨ててゼロからのスタートでしたが、これに賭けてみようと自分自身に誓いました。

流動的な組織の中で、自分に何ができるのか

現在はグループ内の組織間調整業務、労務管理、人事、イベント運営の事務局など幅広い仕事を担当しています。汎用性の高い仕事であるがゆえに専門性に乏しいのではという不安もありますが、幅広い事業の動きをリアルに見られるのは面白いですね。当社はつねに組織が流動しているため、今の自分のポジションが明日もあるとは限らないという緊張感があります。だからこそ、どのポジションにいても高いパフォーマンスを発揮し得るための成長こそが大切だと思っています。

これまでの私のキャリア観は、経験・スキルの蓄積を重ねた先に意思決定できるポジションへと進んでいくという、言わば正三角形の頂点に向かっていくイメージでした。しかし、この会社は逆三角形の上部へと向かうがごとく、どんどん選択肢の幅が広がっていく中で何かを掴み取り成長していく、そんなキャリアイメージなのです。つねに新しい事業が生まれ、人と会社が進化し続ける。自分も、会社も、これからどんな方向に向かっていくのかが楽しみです。今後、また転職するかもしれませんし、環境に留まり成長を目指し続けるかもしれません。ひとつだけ言えるのは、今はこの環境がベストだということだけです。

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丸山裕子 (32)
経歴:

23歳 大手ゲーム会社に入社。開発事務として勤怠管理・経費管理等の担当

25歳 同社にて海外マーケティング部門に異動

29歳 大手外資系化粧品会社に転職。マーケティングに従事

32歳 大手情報・出版・人材企業に転職。事業開発の仕事を担当


充実度

充実度: 72点

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