スキルアップ

30歳で起業。ドレスのシェアを皮切りにシェアリングビジネスの第一人者へ

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C’z代表取締役の淺場さん。23歳の時に決意した「30歳までに起業」を有言実行。淺場さんがこれまでにどのような意思決定をし、どんな道を歩んできたのか、ドレスのシェアを始めた経緯はどのようなものか、そしてこれから何を目指すのかについてお聞きしました。

女性のためのレンタルドレスサービス「SHARELY CODE」

2009年に株式会社C’zを創業し、現在レンタルドレス「SHARELY CODE(シェアリー・コーデ)銀座店・新宿店」を中心としたレンタルサービスを主力事業としています。女性が結婚式に着るドレスは、高価なわりに使用頻度が少ないことから、シェアのニーズがあると考えスタートしました。創業して7期目、昨今のシェアリングエコノミー系サービスの市場成長に合わせて、消費者のシェアサービス、レンタルサービスへの捉え方も変わり、同時に競合環境も変化しているため、私たちも大きな変化の年を迎えています。業界の第一人者として培ってきた仮説検証の結果を今後のビジネスモデルに組み込み、消費者に心から満足いただけるサービスを創りあげていきますので、ご期待ください。

リーダーでいることが普通だった子供時代

私は3人兄弟の長女で妹と弟がいます。両親は共働きだったので、小学生のころから私が2人の面倒を見ていました。下校するときは保育園に寄って弟を連れて帰り、母の帰りが遅いときは夕食を作って食べさせたりしていました。2人の面倒を見るのは苦だと思ったことはなく、自分の役割だと思って過ごしていました。

人の世話をするといえば、こんなこともありました。小学3年のある日、クラスの友達数人が「花火やりたいね!」「いいね、やろうよ!」と盛り上がっていたものの、誰も話を具体化しないまま。横で聞いていた私は埒があかないなと思い、「じゃあ決めようか」と割って入って、ひとり当たりの予算、購入担当、集合場所などを仕切り、親も呼んでプチ花火大会を開催。花火大会当日は、みんなが盛り上がっているなか、私はバケツに水を溜め、風向きなど危険がないかを監視。「なんで一緒に花火やらないの?」と友達が不思議そうに尋ねてきたのですが、私は場をセッティングすることが役割だったので、友達の楽しそうな姿を見ているだけで大満足だったのです。

その後、中学校、高校でも生徒会や学級委員長などのリーダー職に推薦され、私はそういう役回りなんだなと思い、毎期お受けしていました。1学年に230人いてリーダーは10名程度、4%の人にしか与えられない役職なので、人がやらない、やりたがらないことに意義があると思って、密かに楽しんでいました。

氷河期に就職するも9ヶ月で退職

新卒のころ、世は就職氷河期の真っ只中。ようやく内定をもらった会社のなかで、最終的に大手英会話スクールを選びました。1ヶ月目から、営業職として都内店舗に配属され、主な業務は、入学前のお客様へのヒアリングから受注、英語力の目標設定、入学後の継続フォローでした。

当初は、全国20位ランキングに載るのが楽しくて努力したのですが、同時に、会社運営への違和感を持ちはじめました。当時、新卒を全国700人採用していたものの、そのうち50%以上が1年以内に退職していたのです。採用時の人事のパフォーマンス、募集要項の内容と、業務の実態が乖離していることが主な原因でした。私は根本的な人事改革が必要だと感じ、人事部への異動を願い出ました。しかし、即座に却下。その理由が、「本部スタッフ登用は学閥で決まるから」というひとこと。私は入社わずか9ヶ月で退職を決意しました。

ベンチャーとの出会い、そして起業の決意

そのころ、次の転職活動の参考にしようと、大学時代の友人たちに現在の就職先や仕事観を聞いて回りました。ある友人から「ちょっとうちの会社に遊びに来ない?」と誘われ、軽い気持ちで友人を訪ねると、応接室に案内され、人事責任者と社長や役員によるサプライズ面接がスタート。その会社は新卒採用のコンサルティングを行っているベンチャー企業で、難しい採用課題を抱える業界、企業をメインターゲットにコンサル事業を展開。ここなら全力でチャレンジできそうだという直感があり、ほぼ即決で入社を決めました。

とにかく自由度の高い会社で、自分が感じる問題は自分で解決させてくれました。営業として私が心得たのは、顧客満足度の高い仕事をすることと社内でトップになること。これが達成されたころ、次のキャリアステップを意識しはじめるのですが、それは「起業」を意識するという大きなきっかけがあったからです。

当時の会社の同僚は、年収1,000万円稼ぐことを目標にしている人が多かったため、年収1,000万円の意味を考えるようになりました。そこで思ったことは、「自分の所得を1,000万円にすることが生涯に亘って意味があるのか」「1,000万円分の雇用を生み出すことのほうが、難しく生き甲斐を感じられるのではないか」「雇用創出ができる経営側に立つほうが、社会的意義もより大きいのではないか」ということ。これをきっかけに、30歳までに資金、知見をためて起業すると決意しました。根底には、両親がそれぞれ独立して事業をしていた影響もあったのかもしれません。

mixiとの出会い、営業から経営サイドへのキャリア変遷

2社目はやりがいのあるベンチャー企業でしたが、30歳までの起業を優先したく、どこかで新規事業の立ち上げが経験できないかと模索していたころ、クライアントだった大手メーカーから「採用コンサルティング事業の立ち上げに力を貸して欲しい」と誘っていただき、1年限定でプロジェクトに参画。プロジェクトの本格始動を見届けてから、「30歳までの起業」に向け最後の就職先を探すことになります。

そこで出会ったのが、mixiの前身となる会社。優秀な社長が率いるベンチャー企業で、従業員30名程度のIT企業で、早期に事業責任者として登用いただけそうな会社、と条件を決めて転職活動していて出会いました。営業として入社し、入社2ヶ月目に新設チームのマネジャーに昇格、チーム体制の整備などに取り組んだ後、約2年後に事業部長を任されることになりました。

事業部長になってから、見る景色は一変しました。経営層との意思疎通を図りつつ、組織を導いていくことの難しさを実感。常に「これでいいのか」という迷いがある中で、事業責任者として組織の目指す方向や方針を断言しなければなりませんでした。意思決定の繰り返しや、多くの失敗から学んだ経験は非常に貴重でした。

30歳の起業を実現、次に私が目指すこと

入社当時30名だった社員数が300名に達し、mixiの名が全国区になり上場したころ、私の体に異変が起こります。極度の体調不良となり、その後の闘病期間は1年に及びました。こんなはずではなかった、1年無駄にしてしまった、と何度も思いましたが、今思えば、この期間が30歳での起業を考え、準備する貴重な時間となり、神様に与えられた素敵な時間だったなと思います。

2008年末当時、カーシェアリングビジネスが日本に上陸しはじめ、私はシェアを軸にしたビジネスは必ず伸びるだろうと直感しました。今では考えられませんが、「シェア」というワードは一般化していなかったころです。私は、自分の肌感覚で経営判断ができるシェアジャンルは何だろう、シェアするアイテムとしてニーズのあるものは何だろう、と突き詰めていった結果、アパレルのシェアリングに辿り着いたのです。

アパレルの中で注目したのはパーティー用のドレスです。結婚式の参列用にドレスを買ってはみたものの、滅多に着ることはなく普段はクローゼットにしまったまま。こんな経験のある女性は多いはず。個人のクローゼットに眠っているドレスを集め、シェアして、レンタルすれば、きっとニーズがあるだろうと思いました。さっそくドレスを持っているあらゆる友人に協力を依頼。すると一気に100着以上のドレスが集まりました。これを委託品として預かり、シェア代金の10%をバックマージンとする仕組みにして事業を開始しました。

そして、顧客ニーズによって当初描いていたビジネスモデルを少しずつ変えていく中で、東京赤坂に、試着して全身ドレスコーディネートができる店舗をオープン(現在は銀座・新宿に位置する)。オープン後は、東日本大震災などの外部環境変化もありましたが、現在、業績は安定しています。設立当初と比べると、7倍近く競合企業が増えているなか、当社の差別化ポイントは「人」と置いています。それは、お客様に対しても従業員に対しても「心から誠意を込める」という意味です。その想いが、従業員の楽しく働く原動力となり、商品のクオリティを維持することができ、お客様に喜ばれる提案にも繋がっているものと確信しています。

今後の夢は、40~50代で教育関連事業に携わることです。後世に残せるものは、会社組織と人の教育だと考えてきたからで、今、じっくりとそのアイデアを練っているところです。

起業を目指す方へ。
会社を創ることは手段です。「会社を創ったあと、企業活動を通じて世の中に何を提供していくのか」が最も大切。はじめたら一切立ち止まることはできないので、起業前にしっかり自分の価値観と向き合うことをお勧めします。

asaba
淺場理早子 (37)
経歴:

22歳 大手英会話学校に就職

23歳 新卒採用コンサルティング会社に転職

25歳 大手メーカーにて採用コンサルティングのプロジェクトに参画

27歳 mixiに転職。事業部長として経営に関わる

31歳 株式会社C'Zを設立


充実度

充実度: 74点

業務上で成長実感やマンネリを引き起こす要因である6軸18項目を点数化した数値です。
インタビューイー様のキャリアの分岐点で、
その選択がどのような心理的な変化を産んだのかを点数化しております。

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