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目指すはフィットネス事業とシェアハウス事業の融合。ランニングやアクティビティを通じて健康に

SE時代、激務により体調を悪くし休職を余儀なくされたという青木さん。健康なカラダを取り戻すために始めたランニングが、青木さんの人生を大きく変えることに。アクティビティを通じて健康になることを伝えるため、彼がやろうとしていることについてお話していただきました。

入社5年目、体調を崩して休職を余儀なくされた

大学卒業後、大手SI企業に就職しSEとして5年間勤務しました。
仕事はクライアント向けの顧客管理システム開発におけるプログラム設計です。
主に完成しているシステムのアップデートがメインでしたが、短いサイクルで次々と機能追加されていくため、つねに新たな仕事が入ってくる感じでした。
当時を振り返ると、毎日がプレッシャーとの闘いでした。
クライアントの要求は高く、しかも短納期。
深夜まで残業することもあり、生活リズムは不規則に。
もともとプレッシャーに強くない私は、仕事中心の日々の中で徐々に身体に変調をきたすようになっていきました。
心は不安でいっぱいになり、夜ベッドに潜り込んでもまったく眠ることができないのです。
一睡もしないで出社することもしょっちゅうで、仕事のパフォーマンスは落ちていく一方でした。
産業医の勧めで行った病院で「睡眠障害」と診断され、やがて会社からの働きかけもあり、しばらく休職をすることとなりました。
仕事に対しては十分なヤリガイを感じていましたので、身体を治したら復帰するつもりでした。

モノづくりの面白さを発見した少年時代

SEのどこにヤリガイを感じていたかと言うと、それは自分の作ったものが世の中の役に立っているという実感を得られていたということです。
そう感じる背景には、子ども時代の体験があるような気がします。
私の家にはテレビゲームといった遊び道具はありませんでした。
そのため、屋外で思いっきりカラダを動かして遊ぶか、レゴブロックなど素材を使って自分で何かを作ることばかりしていました。
(また、当時は、あまり一般的ではありませんでしたが、家庭用パソコンを父が持っており、それを使って何か作業をしている姿がカッコいいなと思いました。
簡単なプログラムを入力すると単純なイラストを描けるソフトで自作のアニメーションを作って遊んでいました。
) ルールが決まったゲームをテレビ画面に向かって指だけを必死に動かすことよりも、自分で工夫しながら何か遊びを考えることのほうが楽しいと感じていたのです。
学校で友達からテレビゲームの話をされても「何それ?」という感じで興味を示さなかったので、友達には「不思議な奴だな」という顔をされましたけどね(笑)  その後の成長過程において、自分で考えながら何かを作るといういわゆる「モノづくり」への興味はどんどん強くなっていきました。
世の中の既存サービスIT化が進み、どんどん世の中が便利なっていくのを見て、将来はWEB・インターネットの分野に進みたいと思うようになりました。
自分から世の中に対して簡単に情報発信ができるところが魅力的でしたね。
大学に入学後、将来はWEB・IT業界に進もうと決意。
最終的にSI企業に就職しました。

きっかけは体調回復のために始めたランニングでした

休職してすぐ、治療の一環としてランニングやウォーキングなど身体を動かすことを日課にました。
以前にも同様に体調を崩したことがあり、その時に体調を整え生活を改善したいと思いランニングを始めていました。
その時に、劇的に体調が良くなり生活そのものが変わっていきました。
やがてこの体験を人に伝えたいと思うようになり、「走りたい人、集まれ」のノリでランニングイベントの開催を始めました。
イベントを開くきっかけとなったのは、ランニング経験ゼロの友人から「自分も参加できるランニングイベントを考えて欲しい」との依頼されたことです。
イベント開催を繰り返すうちに、必要な知識・理論などを学んだ上できちんと人に伝えられるようになりたいと思うようになりました。
その後、ボランティアとして様々なコミュニティでのレッスンも依頼され、誰かのために役に立つ喜びを感じていました。
その経験もあり、休職中も、治療の傍らこの活動を続けていました。
そしてあるとき、活動を通じて知り合ったフィットネスクラブのマネージャーから声がかかり、ランニングの指導を手伝うようになりました。
このフィットネスクラブはアウトドアアクティビティで健康を提供することをコンセプトにしており、私のランニングに対する考え方に合致していたことが引き受けた理由でもありますね。
インストラクターとして週2回のレッスンをスポット的に数時間担当するようになり、レッスンに参加するお客様と対面して健康サポートをすることは貴重な経験でした。
やがて睡眠障害が回復し、復職の準備をすすめなければならない時がきました。
しかし、このときに、復職をすべきか大いに悩みましたね。
仮に転職した場合、収入的に考えると週数回のレッスンの稼ぎだけでは充分ではありません。
しかし、この時、私にはある程度の蓄えがありましたので、シンプルに、どちらが充実して過ごせるかを軸に考えることにしました。
すると答えは明らかでした。
蓄えが尽きてもてもいいから、とにかくやれるところまでやってみようと決意し、転職の道を選びました。

シェアハウスとフィットネスの融合させた新しいサービスを創造したい

私がお客様に伝えたいのは、トレーニングとしてだけのランニングではありません。
少し話は脱線しますが、私は国内外を問わず旅をすることが大好きです。
綿密なプランを立てて行く旅ではなく、気ままに知らない場所を訪れる旅を好みます。
偶然の旅で何かを発見し、人と出会うことが大好きなのです。
私にとってのランニングはそうした発見や出会いの要素をもったツールであり、単にトレーニングなのではありません。
なので、世界遺産など旅先をフィールドにしたランニングを企画するなど、「体験」を通じて楽しみながら身体を動かすことを提案しています。
競技・トレーニングとしてのランニングは充実感とともに辛さを伴うことがあります。
私はお客様に「辛いランニング」ではなく、生活を豊かにするためのツールとしてのランニングを伝えたいと思いました。
はじめはレッスンだけで、お会いしていた方が、徐々に自分のスタイルに賛同してくださり、やがて私が企画するイベントに多くの方が集まってくださるようになりました。
現在、インストラクター業務に加え、「体験」を通じて生活を豊かにするシェアハウスの管理業務を行っています。
もともとシェアハウスに興味があり今年の春から入居したのですが、私はシェアハウスを単なる住まいではなく経験を共有する空間だと捉えています。
大学時代に友達とルームシェアをしたり、会社に入って寮に住むなど、人と住空間を共有することに慣れていました。
一人暮らしをした際に、留守中の部屋の空が、なんともったいないのだと感じていたぐらいです。
今後やりたいと思っているのは、フィットネス事業とシェアハウス事業の融合です。
これは単純にシェアハウスにジムを設置することではありません。
運動をしながら健康になるという体験を生活の場で共有します。
住む人同士が自分たちのニーズでアクティビティを生み出し、その都度、サポートしてくれるインストラクターにレッスンをお願いするというものです。
いわばグループレッスンとパーソナルレッスンのハイブリッドに近いものです。
シェアハウスの特徴とフィットネスの空間が融合され、人と人との触れ合いを紡ぎながらサービスを提供していきたいと考えています。
私の転職後の人生には一片の迷いも後悔もありません。
なぜなら自分で自由に選択して、人のライフプランに触れながら生きることができていますから。

プロフィール

青木 宏和

青木 宏和

(33)

経歴:

24歳 大手IT企業にてSEとして入社

32歳 WEB製作会社にSEとして従事

33歳 フィットネスクラブインストラクター(http://www.beachtown.co.jp/)及びシェアハウス(irodorifactory.com)のハウスマネージャーに就任

 

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