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仕事の回り道は無駄じゃない。不動産の営業からアカウンティングファームへ

「少しだけ寄り道をしたかもしれません」。そう語る長島さんが、転職活動を通して自分の市場価値を知ったときに起こした行動とは。 現在アカウンティングファームで活躍する長島さんに、これまでの成長の軌跡をお話しいただきました。

180度風景が変わったとき

社会人1年目は私の人生でもっとも辛いものでした。
大学卒業後、新卒で不動産投資会社に入社、投資型分譲マンションの営業を担当することになりました。
やることはいたってシンプルで、テレアポを取りマンションを売るのが仕事です。
月1件以上の成約が最低ノルマで、クリアできない者は上司から壮絶なプレッシャーを受けることになります。
「誰のお陰でメシが食えてると思っているんだ!」 「浪費しかしないお前は家畜以下だ!」 電話をかけている真横に立ち、電話の内容をモニタリングしながら激しい言葉を浴びせてくるのです。
毎日14時間労働、休日出勤も当たり前。
売れない者は休むことも許されません。
こんな環境の中で私はどんどん精神を病んでいきました。
上司が近くにいるだけでまともに電話をすることができなくなり、やがて対人恐怖症になるまで追い込まれてしまいました。
なんとかギリギリまで踏ん張ってみたのですが、入社8ヶ月目についに心身ともに限界に達し会社を辞めました。
退職からしばらくの間は、ずっと部屋に籠ってTVゲームに没頭していました。
3ヶ月経ってようやく精神的落ち着きを取り戻し、転職活動を開始することにしました。
幸いにも選考1社目で内定をいただくことができました。
それがコールセンターBPOを手掛ける大手の会社です。
仕事はエデュケーションチームでのインストラクター業務。
具体的にはクライアントの従業員に対し、業務システムや各種パッケージソフトの使い方をインストラクションする仕事です。
私は第2新卒枠で採用していただいたのですが、その当時はサーバ運用スタッフへの配属が一般的でした。
私は、この会社でパソコンスキルを活かした教育や、インストラクターの仕事がしたいと思っていたので、面接時からエデュケーションチーム志望であることを猛アピールしました。
入社後の基礎研修においてもやりたいことをオープンにし、自分に何ができるかを熱く語りました。
そして熱意が通じたのか無事に希望部署に配属されることになったのです。

さらに上の階層で仕事がしたい

インストラクター業務は単発の依頼を積み上げていくもので、やった分だけが売上げになるというわかりやすいものでした。
私は上司に対して「できること」を積極的にアピールし、新たな仕事につなげていくことを心掛けました。
ここで1社目の回り道で得た「売れないやつは家畜以下」という意識が効果的に働いたのです。
他部署スタッフとも積極的にコミュニケーションを取ることでいろいろと声がかかるようになり、仕事の幅はどんどん広がっていきました。
当初から異業種への転職に対する戸惑いはありませんでしたし、営業時代より収入が下がることにも納得していました。
生活が厳しくなることも覚悟していました。
その理由は、今回の転職は自分にとっては社会復帰の第一歩であり、ここで私は勉強させてもらっているのだと考えたからです。
その後インストラクターから企画職へと役割が拡大し、教育・研修プログラムの企画提案、カリキュラム作成、インストラクターマニュアル作成なども担当しました。
2つほど職級も上がり、プロジェクトリーダーを任されました。
メンバーにも恵まれ、会社から一定の評価もいただいたと思います。
しかしいくつか大きなプロジェクトを率いていくうちにある疑問を抱くようになったのです。
あるプロジェクトで40代以上のベテランばかりを率いたときのことです。
プロジェクトリーダーはマネジメントの一環として、各メンバーと目標についての面談を行うのですが、そのときメンバーはみな私よりも職級は上で、給与も高いことに気が付きました。
プロジェクトを牽引しているのは私なのに、このバランスの悪さは何だ? 私のマネジメントは報酬には反映されないのか? またプロジェクトを通してシステムの上流工程を垣間見たことで、さらに上流のところで仕事がしたいと思うようになり、新たなフィールドでのチャレンジを真剣に考えるようになりました。

自分の本当の市場価値を知り、転職活動を一時中断

転職エージェントに登録し本格的に転職活動を開始。
いくつかのプロジェクトを率いてきた自信もあり、戦略コンサルへの転職を希望しました。
エージェントとの面談を重ねる中で、自分の市場価値は自分が思うほど高くないことを思い知らされました。
紹介されるのはWEB系のユーザーサポートやシステム系のヘルプデスクなどばかりで、希望する職種はありません。
実際、コンサルティングファームなどに応募してみましたが書類選考すらパスできませんでした。
中途でコンサルタントとして採用されるには相当の強みが必要だと気づき、MBA取得で戦略・経営についての知識を身につけようと思いました。
そして、その年の秋にMBA取得の為、国内のビジネススクールに入学しました。
ビジネススクールに通う間一旦転職活動は中止し、学んだことをプロジェクトで試しながら実践的に身に付けていくことにしました。
「わかったこと」を「できることに」にしていこうと思ったのです。
MBA取得までの3年間はとても有意義だったと思います。
幅広い分野で活躍する方々との出会いは、自分にとって大きな刺激となりましたし、学んだことを仕事で実践できるのも面白かったですね。
特に組織行動などの人材マネジメント科目は、プロジェクトでも大いに活用できました。
MBA取得を目前にしたところで上司に転職を宣言し、転職活動を再開。
アカウンティングファームへの転職が決まりました。

漠然とした目標だからこそ選択肢は無限に広がる

アカウンティングファーム入社後はアドバイザリー事業部に配属となり、システム導入などのPMO業務やシステム監査などを担当しました。
仕事内容は幅広くプロジェクトごとに異なります。
この仕事のやりがいはクライアントの業務改善がはっきりと見えるところだと思います。
会社の弱点となる箇所を改善しやすいように監査指摘し、やがて会社がより良い姿になっていくのを見ると、クライアント企業を通して社会への貢献ができているなと実感します。
仕事の魅力という点では、会計という企業の肝となる部分を通じてビジネス全体を深く見ることができる。
それに尽きると思います。
勘定科目レベルで多くの企業を比較することができるので、自分のスキルアップにもつながると思います。
確かにアカウンティングファームとして独立性の担保は絶対であり、これ以上踏み込んではいけないという制約へのもどかしさを感じることもありますが、今はこれ以上の環境はないと思っています。
個人のミッションとして、やはり将来は経営に携わりたいですね。
出資者として関与していくのか、事業会社の取締役となるのか、はたまた自ら起業するのか、それはまだわかりません。
今はまだ戦略や戦術をしっかり学ぶときだと考えています。
近々の目標としては、クライアントの事業改善を自分主導でやりたいですね。
会社の人材は優秀な人たちばかりです。
まずは上司からの確固たる信頼を確立し、プロジェクトの中心として実績を積み上げていきます。
そして、私の究極の目標は自分の名をこの世に残すこと。
漠然とした目標ですが、あえてこういうテーマを掲げることで人生の選択肢が限りなく広がるのではないでしょうか。

プロフィール

長島 由晃

長島 由晃

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経歴:

21歳 新卒で不動産投資会社に入社するも対人恐怖症になり退職。

22歳 コールセンターの大企業に転職し様々なプロジェクトを経験

30歳 アカウンティングファームに転職

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