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アフリカで富山の置き薬を。外資系の製薬会社を経て出会った「生涯をかけてやりたいこと」

外資系の製薬会社での勤務と並行してアフリカで置き薬という新しい医療の形を模索する町井さん。そのモチベーションの源泉、タイトなスケジュールの中での心の持ち方等、多くの人生訓をお伺いすることができました。

ディープな経験を求めて

私にとっての初めてのボランティアは大学生時代で、インドのマザーテレサでの活動でした。
孤児院や、死を待つ人の家での活動を通して、ボランティアという活動とはどういったものなのかを実感しました。
その時は、人の役に立つことになんとなくの喜びを見出していましたね。
インドでの活動を終えて、漠然と「これからもボランティアをやってみようかな」という気持ちが湧いてきたのです。
大学では薬学部で学び、社会人になると、薬剤師の免許を取得して、外資系の製薬会社で働き始めました。
外資系の製薬会社ではMRとして営業を担当し、人との関係について多くを学ぶことができました。
MRの仕事は大変な面もありましたが、社会人になっても休みになるとボランティア活動は続けていました。
ただ、短期的なボランティアでは自分を振り返ることができず、短期ボランティアの限界を感じました。
そこで、25歳のときに青年海外協力隊の選考を受けたのですが落ちてしまい、27歳の再挑戦でようやく2年間のニジェールでの活動が決まりました。
アフリカ行きは親には大反対されたのですが、よりディープな経験や貢献ができる場所として私はアフリカを選択しました。
というのも、経験者の方から南米・中米のお話を聞いていたのですが、それらの地域ではやはりある程度設備なども整っていて、「一労働者」として働くという要素が強いと伺っていたからです。
それよりは、本当にインフラも整っていない、ゼロの状態であるアフリカにおいて、「何もないところから工夫する」という状況に置かれてみようと思いました。
ディープな方が、やりがいがあると思ったんです(笑)。

マラリア、エイズ予防のボランティアを経て気づいた限界

感染症対策担当として派遣されたニジェールではマラリアやエイズ予防の医療ボランティアに携わりました。
私は本業も医療業界でしたが、ここでの活動と本業のMRにおいては、それ以外にも「どのように伝えて人の行動を促すか」という点が共有していると感じましたね。
MRにおいてはドクターに対して、薬を処方してもらうよう、ニジェールにおいては住民に対して、マラリアの予防をしてもらうように、といったように本質は同じだな、と感じたんです。
この共通点があったからこそ、ボランティア活動も比較的スムーズに行えたのではないかと思います。
その活動を終えて、マラリアに関するアンケートを活動開始時と終了時で比較したのですが、マラリアの知識理解の正答率はなんと20%から80%まで上昇していました。
ただ、実際の「行動を変える」ことには繋がらなかったのです。
どういうことかというとマラリアは蚊が原因で起こるということがわかっても、蚊帳の購入には繋がらなかったのです。
なぜそうなるのかと言うと経済的な面もありますし、もはやマラリアで死ぬのが常識になっていた、ということもあります。
これは一つの壁でした。
知識だけ増えても人は変わらない、であればどうすれば人は理解の後に行動につなげることができるのか、それは民間でも同じではないか。
そしてビジネススクールならばそれを学べるのではないか、と感じ、帰国後はより自分の能力を高めるため、また行動変革につながる社会の仕組みを学ぶために、経営大学院へと進みました。
さらに、ニジェールでの活動終了時、同時に感じたのは、「2年だけでは何も変えられない」ということ。
自分が見つけたやり遂げたいことは、「生涯ぐらいかけてやらなければならないもの」だ、と感じました。

「ダメかな?」を乗り越えることがチャンス。
置き薬モデルの提案

経営大学院では多くのビジネススキルが身につきましたが、その集大成としてアフリカの医療改善をテーマに研究プロジェクトを立ち上げました。
ただ、最初はなかなか人が集まりませんでしたね。
そろそろ潮時かな、と思っていたころに、一人二人と集まってくれて、なんとか4人でスタートを切りました。
ダメかな?と思った頃に諦めないこと。
必ずいつも誰かが助けてくれる経験を何度もしています。
その「ダメかな?」を乗り越えることがチャンスなんだと思います。
資金は無くミーティングの会場費までメンバーで払ってくれていたり、ほとんどのメンバーがアフリカ経験がない中、せっかくアフリカに行ってもいきなり「NPOではなく会社を設立したい」と辞めたメンバーもいたり、思い返せば様々な困難がありました。
最初は、大学院の研究プロジェクトで、アフリカへの医療改善をテーマに1つの案として「アフリカにおいての配置薬導入」として研究を始めました。
病院まで行くお金や交通手段がなくて亡くなってしまう人々を救うために、薬が「末端まで届くにはどうすればいいか?」という問題意識から始まり、江戸時代の「置き薬」のモデルに行き着きました。
「置き薬」とは、富山県の薬売り商人から始まった医薬品販売方法で、消費者は、家に置かれた「置き薬」箱から必要なときに必要な量だけ使用し、後日、使用した分だけ代金を支払うという仕組みです。
この置き薬普及の背景を研究してみると、当時の日本と現在のアフリカにおける状況の類似点がいくつか浮かび上がり、置き薬モデルがアフリカにおいても有効に機能するのではないかという仮説が立ちました。
ただ、その上で、江戸時代のものを現在の、しかもアフリカに復活させるにあたり、現代版・アフリカ版置き薬を考案できるように頭をひねりました。
歴史を紐解いたり、ビジネスコンテストへの参加を通して、ITや携帯電話を活用すること、マラリアなどの疫病的要素への対応など、模索が続いており、現在はNPO法人として活動しております。
 

外資系の製薬会社とNPOの両立。
「楽しむ」ことを忘れずに

同時に今、外資系の製薬会社で働いていて、体力的には結構限界ですね(笑)。
けれど、兼業は、外資系の製薬会社の中では現場の視点、NPOではトップの視点どちらも学べるので、常にズレがわかり、両方の視点を失わないのでその点は長所だと思っています。
今までも体力的に限界が来たことは何回かあって、仲間からも止められたこともありました。
そのような中でも、辞めた自分の人生はなんて面白くないんだろうと続けることを決めました (笑)。
私は、忙しい中でも、「楽しむこと」を忘れてはいけないな、と思っています。
例えば私は、薬についてかなり詳しく学んでおり、その世界にどっぷり浸かっているので、アフリカの制度を見聞すること自体に楽しみを感じていたり、睡眠の習慣を変えて無理しすぎないように調整したり、気晴らしにチャリティマラソンを走ったり、仕事の中や合間に「楽しみ」を入れるように心掛けています。

「生涯」をかけて、やり遂げたいこと

ボランティアの活動を通して、「生きる価値」や「幸せ」は何か、ということはずっと考えていましたね。
彼ら自身(自分たちが)不幸せだとは思っていないんです。
私たち日本人が彼らアフリカ人を不幸せだと感じるのは、例えば日本を他国から見た感覚と同じなのじゃないかと思います。
年金制度が整っている国からすると、「日本の将来は年金は貰えるのか分からないなんて可哀想」って。
けれど私たち自身そんな不幸という感覚はあんまりないですよね。
その一方で、医療において選択肢がないのはやはり不幸かなとも思うんです。
現地では多くの出産に立ち会いましたが、その過程で数人の死産を目にしました。
その子どもたちは、日本で生まれてきていれば、何らかの方法で助かったでしょう。
私は抗がん剤専門にしているので、医者の方などから、治療の選択の場面についてのお話を伺うことがあります。
がんを目の前に家族の人も介護に巻き込んで長引くことを選ぶか、それとももう治療を諦めるか。
選択をする苦しみももちろんありますが、自分で選択するというということが幸せにつながるのではないかと思います。
これらの経験を通して、現地の人はそれでいいと思っていても、現状を見てしまったからには自分が何か貢献する使命がある。
まずは、富山の置き薬モデルをアフリカに広めるという、自分ができることから始めて、現地での「幸せ」を広げていきたいと思っています。
そしてそれが、私が見つけた「生涯をかけてやりたいこと」なのです。

プロフィール

町井 恵理

町井 恵理

(37)

経歴:

23歳 外資系製薬会社に入社。MR

27歳 青年海外協力隊にてボランティアに従事

31歳 外資系製薬会社に戻る

36歳 NPO法人Afrimedicoを設立

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