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自分の強みとは何か。営業という仕事を通して自分のビジョンやキャリアを考える

高島屋入社後、ずっと営業一筋に歩んできた村越さん。組織改革を目指し財務部門へ異動するも、そこには大きな挫折が待っていました。大きく自信を失った彼が、どうやって自分らしさを取り戻していったのか。そしてこれから何を目指すのかについて伺いました。

組織を変えるという想いと挫折

高島屋に入社以来、営業一筋に勤務。
11年目にマネジャーへ昇格し、営業部門のマネジメント業務を担うようになりました。
率直に言って営業という仕事は天職だったと思います。
長い営業キャリアを見据え、自分の視野と可能性を広げるためにMBAを取得。
やがて自らの手で組織を変えたいという思いを抱くようになりました。
営業現場と会社との関係において、顧客の気持ちやニーズ、販売活動というものが十分に数値化されていないと感じていたからです。
「顧客と長年直接関わってきた自分だからこそ、会社の利益貢献のために是非これをやりたい」と、自己申告によって本社に異動しました。
異動先は財務部門。
財務という未知の仕事に対し経験、スキルともにMBAの学びだけでは不十分であることがすぐに明らかになりました。
想いと机上の勉強だけでは通じなかったことから、自信を無くし、メンバーとのコミュニケーションもうまく取れなくなりました。
上司からはあからさまに「君は期待外れだったよ」とまで言われ、派遣社員や有期社員と同じ事務作業中心のチームに異動になりました。
それから数年くすぶり続け、悩み続け、転職まで考えました。

心で人を動かす力

私が人を教育したり、他人の長所を引き出したりすることにやりがいを見出すようになったのは、子どものころの原体験が大きく影響していると思います。
私は訳あって実の両親に育てられず、養父母のもとで育てられたのですが、ずっと養父母の実子から嫉妬されていました。
大人になった今では、私が家族に加わった事で彼女なりに大変な思いをしたのだろうと理解する事ができるようになりましたが、それほど養父母からは愛情たっぷりに育ててもらいました。
今では感謝の気持ちが自分を取り巻いています。
そのような環境下で育ったためか、幼いころより人の感情や行動などを敏感に察知する子どもになり、他人の心の機微や気持ちに深く共感できるようになりました。
「どんな境遇の人でも、合わない人であっても誠意と愛情を持って接すれば動いてもらうことができる」という考え方や姿勢を持てる人間になれたのは、血がつながっていない育ての両親の愛情が私をここまでの人間として、社会に送り出してくれたことに対する感謝の気持ちからくるものに他なりません。
社会人となってから、周囲からどれだけ悪く思われている人であっても、こちらから敬遠したことはありません。
こちらから心を開いて接すれば必ず思いは届く。
営業という仕事において、そのことを強く実感してきました。
私は中々人に意見を言えないし、叱れません。
でもそれならそれでいい、北風を吹かせられないなら、自分は徹底的に太陽であり続けよう、どんなに人から舐められても、太陽を照らし続ければ最後には信頼してもらえる、それが私の生き方、信念です。
 

挫折の後にチャンスあり

本来の自分の強みを生かすためには転職したほうがいいかもしれない。
そう考えはじめたのと同時に、会社の人事フリーエージェント制度に手を挙げ人事部門への異動を申告しました。
残念ながら人事への異動は叶いませんでしたが、MBA取得の申告も考慮されてか、これをきっかけに営業企画業務に移ることになりました。
人事が私にチャンスをくれたのだと思いました。
嬉しかったですね。
まだ自分は期待されているのだと感じました。
営業企画の業務では、組織会員戦略の立案、実行、日々の対策を担当しています。
正直なところ戦略構築や企画の業務は得意でなく、むしろ現場に対して伝えていくコミュニケーションに面白味を感じています。
人に発信すること、人に響く言葉を作ることこそ自分に向いている、そして太陽の気持ちで関連部署や現場とコミュニケーションをとり続ける事で、人や組織に動いてもらえる、それが自分の強みだ、自分らしさだとも再認識しました。
加えて、財務での仕事で学んだエクセルワークなども自然と日々の役に立っていることに気付きました。
おそらく営業経験だけでは務まらなかった、財務の経験だけでも務まらなかった、営業企画とはそんな仕事なんだろうと思います。
くすぶっていたときのことも含めて、すべてが血肉になっていました。
それが今悩んでいる人に伝えたい事です。
営業企画の仕事のやりがいは、経営トップと現場をコミュニケーションで繋ぎながら結果を出していくところにあると思います。
プロジェクト的に取り組む仕事であることも魅力ですね。
大きなやりがいを感じると同時に、いくつかの課題も見えてきました。
自分が苦手だと思っていた企画や立案業務について、ひとつはまだまだ経験が足りないということ。
もうひとつは北風になれない自分は、相手に配慮し過ぎて現場や関連部署に強く要求できず、仕事の精度、スピードが落ちてしまう場面があることです。
営業企画という経営の立場から立案、発信する役割において、これらは今後の克服すべき大きな課題です。
ただ、そんな課題を受けても、以前の職場のように自信を喪失しない自分がいます。
今は職場で人に優しくでき、冗談を言えるまで自分を取り戻してきました。
自分が得意な分野は徹底的にやればよい、苦手な分野は「自分は出来ない」と思い込まず、できる事から自分を認めコツコツ諦めずにやっていく、そして下手なプライドを捨て周囲の人に助けてもらえばよいのだと。
それは、天職を経験した後、どん底に陥り、挫折を味わったからこそ、自分の仕事への想いや自分らしさへの姿勢が昇華したからだと、今思うのです。

自分らしくあること

これまでを振り返ると、自分の中に無意識にいくつものミッションを課していたような気がします。
売上を重視する経営の考え方や顧客志向が経営に反映されにくい組織体制に対する疑問を解決したいという気持ちが強いばかりに、本来の自分の強みを活かせずにいた気がします。
営業企画に異動してから、自分らしく振る舞うことで人に喜ばれることこそが、会社への貢献、社会への貢献、そして「自分の仕事」であることに気付きました。
これからのビジョンとして、MBAでの学びを活かし、人を成長させることに寄与していきたいという想いがあります。
克服すべき課題はたくさんありますが、人を動かすコミュニケーション力こそが自分の最大の強みだと捉えています。
今は「コーチング」という新たな学びの場へも赴いています。
やはり常に学び続ける事は大事。
営業企画という思いもよらなかった業務に就いてしまい、今後の自分のビジョンやキャリアは、以前固めたはずだった「志」と比べると、やや後退してしまった感があります。
でも今は、自分らしく生きています。
将来も末永く、自分らしく振舞うことで、結果人に喜ばれる仕事がしたいと考えています。

プロフィール

村越 岳

村越 岳

(40)

経歴:

22歳 高島屋に入社し外商部の営業を担当

33歳 営業マネジャーになる

36歳 財務部へ異動し予実算担当になる

37歳 財務部の掛売担当に変更

40歳 異動し営業企画担当になる

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